造ろうデザインミュージアム

造ろうデザインミュージアム -世界水準の「資源」生かして-

バブル経済の崩壊から約10年がたつ。お先真っ暗にも見えるが、どこかに、この状況を打開する道がみつかるかもしれない。自信を失った国に希望があるとすれば、「創造力」さらに言うなら「デザイン」の四文字がその鍵を握っている。私はそんな気がしている。
昨年一月に急逝したデザイナーの田中一光さんはあるインタビューにこたえ、次の言葉を遺した。  「デザイナーには常に新しい方向を向いていなければ、という強迫観念があるのですが、それだと本当に前を見る時に比較するものがない」

田中さんはいつも、ジャンルを超えた人たちの創造エネルギーの渦の中心にいて、見事なプロデューサーぶりを発揮した。グラフィックと立体の違いなど何もなく、創ることの歓びがあった。いっしょに仕事をするたび、勇気づけられもした。田中さんの遺志を継ぐのは容易ではないが、比較すべき「デザインの遺産」の重要性に気づくことが、ひいては日本人の勇気につながるのではないか。
日本の20世紀を振り返れば、戦前の工芸の運動から始まり、戦後は経済成長も手伝ってさまざまな分野のデザインが飛躍的に発展し、人々の生活に深く入り込んできた。プロダクトでは剣持勇氏や柳宗理氏、倉俣史朗氏ら、グラフィックでは亀倉雄策氏や田中一光氏らの巨人たちがすぐれた仕事をし、日本デザインを世界水準に引き上げてくれた。彼らの普遍的で汎用性のある仕事は、私たちの生活の一部となっている。
また、日本のすぐれた企業デザインも忘れることはできない。日常品、家電品、建築や環境デザイン等。ファッション・デザインにおいても、世界のクリエーションをエキサイティングなものにしているのは、日本のデザイナーであり、日本の素材であると言える。
だが、独創的なアイデアや技術、それにカタチを与えるデザインに対し、今の日本人はあまりにも無頓着である。オリジナリティーのあるデザインによって、生活がうまく機能し、ひいては文化的、精神的な豊かさが育つことを、もっと意識すべきだ。有名ブランドばかりを追い掛けていては、何も始まらない。何か新しいことを始めようとすると「それはちょっとムリですよ」といわれる。さらに「おカネがない」と続く。
そうじゃないでしょう?わが国の貧しさは、物質的なものではなく、精神的な自信のなさに由来している。それは、美術やデザイン行政の無策ぶりに、企業の文化事業からの交代に、そして明日に希望を持てない若者たちの姿に、端的に表れていると思う。

ロンドンやベルリン、北欧の都市に活気が出てきたのには「デザイン」が作用している。自国の技術や伝統をカタチにして見せる、ヤル気の表現になっている。
89年、ロンドンにいち早く「デザインミュージアム」が設立。ニューヨーク、ベルリン、チューリヒ、ヘルシンキ、その他世界の主要都市に「デザインミュージアム」は存在する。世界に誇り得るデザインの宝庫である日本に「デザインミュージアム」ができるのは、いったいいつのことか。
資源を持たない国で、日本人がこれからも胸を張って生きていくには、今以上に知的なエネルギーを発揮するしかない。国際的に通用する「デザイン」立国の道を探る方策もあるのではないか。ただ消費するばかりではなく、つくることの大事さをもう一度考えよう。
『明日があるさ』という歌が、リバイバルで少し前にはやった。けれども明日をつくるには、田中一光さんも書いていたとおり、比較するものが欠かせない。
「今、なんだか"日本"が面白いぞ」
 世界中でそんな言葉がささやかれるようになり、この国に新しい優れた才能が集まって仕事をし、面白いアイデアがどんどん出て、街も人も元気が出てくる......。そうした状況をつくり出したいなら、先人たちが遺したすばらしいデザイン遺産を保存・紹介し、未来に向けて同時代の動向も示す「デザインミュージアム」をつくろう。一つの大きなシンボルとなって、世界各地からたくさんの人々を引きつけてくれるはずだ。
日本の企業にも、自社のデザイン・アーカイブをつくることを真剣に考えてほしい。系統だったデザイン・アーカイブをつくるのは生半可な仕事ではない。個人、あるいは一デザイナー事務所の力には限界があり、そして永続性がない。すぐれたデザインの伝統を保存・紹介する美術館づくりに、行政、民間、皆で力を合わせてすぐにでも取りかかろう。そこから、次の時代が生まれてくるものと確信している。

最後に、自分自身の感懐を。
 デザインの仕事は、じつに面白い。私がこの仕事をなんとかめげずにやってこられたのは、「デザインには悲しみはそぐわない、デザインには希望がある、そして、デザインは驚きと喜びを人々に届ける仕事である」というまことに単純素朴な理由からである。

2003年1月28日 朝日新聞(夕刊) 三宅一生

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