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企画展「2121年 Futures In-Sight」展
開催概要

contents

ディレクターズ・レター

22世紀の歴史の教科書には、「人類はインターネットを、プレパンデミック時代にはほとんどまだ使っていなかった」と書かれていることでしょう。もはや「インターネット」とさえ呼ばれていないかもしれないそれを、わたしたちは20世紀の終わりから少しずつ利用してきました。それでも、いまから100年後の人々から見れば、21世紀のパンデミック以前には、みんな満員電車に乗って朝から学校やオフィスに行ったり、ウイルスや微生物をもち寄って病院に集まったり、物理的に集まれる人だけで意思決定をしたりしていたのは、いわゆる「インターネット」がまだ社会に実装されていなかったからだ、と了解されるでしょう。

かつて哲学者のフリードリッヒ・ニーチェは、「過去が現在に影響を与えるように、未来が現在に影響を与えている」と語っています。過去の積み重ねの先に「いま」があるのと同じように、わたしたちがどんな未来を思い描くのか、その「未来を考える行為」そのものが「いま」のわたしたちの社会や意識を決定しているということです。であるならば、いまこの2021年において、未来を考えるどんな行為が人類の想像力/創造力を決定づけているのか? それを探ることが、今回21_21 DESIGN SIGHTで開催される「2121年 Futures In-Sight」の目的です。

だからこの展示は、「2121年がどうなっているか」という未来予測を披露するものではありません。もしかしたらいまの10代やもっと若い方々なら、実際に2121年に答え合わせができるのかもしれませんが、その正誤が重要なわけではないのです。それよりも、「2121年を想像するとはどういう行為で、そこにはどんなインサイト(洞察)があるのか」を問うことが、本展の主旋律になります。

「未来はすでにここにある。ただ均等に行き渡ってないだけだ」という言葉でも有名なサイバーパンクSFの巨匠ウイリアム・ギブスンはコロナ禍での雑誌『WIRED』のインタヴューにおいて、「なぜ人類は22世紀を想像できないのか?」と語っています。そこには、22世紀という「未来」を問うのと同時に、「未来を考える行為」についての深い洞察が暗示されていると思うのです。

20世紀において、21世紀を想像することは比較的簡単でした。国家や企業、世界レヴェルで未来が提示され、実行されてきました。結果的に人類は目覚ましい発展を遂げた一方で、未来同士が衝突して多くの戦争や紛争が起こり、未来の計画からこぼれ落ち取り残された多くの人々がいました。外部不経済の長期的な影響に目をつむってきたことで、いまや急激な気候変動に直面する地球もそのひとつです。

そんな「未来」に生きているわたしたちは、これ以上の未来を描くことに慎重なのかもしれません。でもそれは、「未来を考える行為」を諦めることではありません。そうではなく、たったひとつの、決められた未来に抗うということです。そのための最良の方法は、できるだけ多くの未来を、できるだけたくさんの人々によってプロトタイプしていくことでしょう。本展覧会で「Futures」という「複数形の未来」を提示しているのには、そんな意味が込められています。

人類はこれまでもずっと、未来を想像し、実際に創造してきました(だからこそ、その延長線にわたしたちが存在するわけです)。7万年前にわたしたちの祖先であるホモ・サピエンスに起こった"認知革命"によって、宗教やアートや建築といった文化の歴史が幕を開け、何よりも、実在しない「想像の産物」をほかの誰かに伝えることができるようになりました。それが想像としての「未来」の始まりでもあるならば、未来を考える行為を考える、という本展そのものが、人間を人間たらしめたその根源的な営為をわたしたちが問い直すことだと言えるでしょう。本展に来られたみなさんが未来を考えるという行為に加担し、さらにほかの誰かに伝えようとしたときに、わたしたちはついに「2121年」をこの手に取り戻すことができるのです。

松島倫明

松島倫明 Michiaki Matsushima

未来をプロトタイプするメディア『WIRED』の日本版編集長としてWIRED.jp/WIREDの実験区"SZメンバーシップ"/雑誌(最新号VOL.41特集「NEW NEIGHBORHOOD」/WIREDカンファレンス/Sci-Fiプロトタイピング研究所/WIRED特区などを手掛ける。NHK出版学芸図書編集部編集長を経て2018年より現職。訳書に『ノヴァセン』(ジェームズ・ラヴロック)がある。東京出身、鎌倉在住。