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2017年10月20日、いよいよ開幕となる「野生展:飼いならされない感覚と思考」の会場の様子を、いちはやくお届けします。

人間の文化と生活には、心の土台となる「野生」の能力が欠かせません。
理性や合理性ばかりが前面にあらわれる現代においても、私たちの本能であり知性でもある野生の感覚と思考は、いまだ失われていません。
本展は、現代の表現者たちのもつ野生の魅力に着目し、さまざまな作品や資料を通して、その力を発動させるための「野生の発見方法」を紐解く展覧会です。

写真:淺川 敏/Photo: Satoshi Asakawa

2017年10月7日、ギャラリー3にて「安藤忠雄 21_21の現場 悪戦苦闘」が始まりました。
本プログラムは、国立新美術館で開催中の「安藤忠雄展―挑戦―」に連動し、安藤忠雄の設計による21_21 DESIGN SIGHTの建設プロセスに焦点を当てています。

安藤による建築の初期アイデアやスケッチと、それを実現する日本の優れた技術力と職人の緻密な技を建設現場の写真や映像で紹介します。さらに、2007年の完成以来、10年間の21_21 DESIGN SIGHTの活動を紹介する映像も展示しています。

また、21_21 DESIGN SIGHTの建築に関連するオリジナルグッズをはじめ、安藤忠雄に関する書籍などを揃えたショップも、期間限定で登場します。ぜひ、「安藤忠雄展―挑戦―」とあわせて、足をお運びください。

写真:木奥恵三

ジョルジュ・ルースは、絵画、建築、写真を融合し、人の錯視などを利用した、サイトスペシフィックな作品を発表してきました。本展では、21_21 DESIGN SIGHTの建築空間に合わせたインスタレーションを、その写真作品とともに展示しています。その制作風景の一部を、21_21 DESIGN SIGHTスタッフがレポートします。

カメラで捉えた特定の視点からつくり上げたイメージを、風景の中に実現させるジョルジュ・ルース。本展メインビジュアルで謳われている「重なる1°の奇跡」は、彼の作品が緻密な計算のもとに成り立っていることを示しています。

今回、ルースの作品の舞台となったのは、21_21 DESIGN SIGHT地下階に日光を取り込む中庭、サンクンコートに面した空間です。ルースは本展のために当初、着色した作品のイメージを描いていましたが、実際に21_21 DESIGN SIGHTの建築空間を体験し、白一色で構成することに決めました。

写真:木奥恵三

まずは白く塗られた角材を、組み立てていきます。規則正しく並べられた角材は、この時点ではまだどんな形になるのかわかりません。

写真:木奥恵三

カメラで状況を確認するルース。この地点から、細かく位置を決めて角材に印をつけていきます。その通りに角材の端を切り落としていくと、少しずつ作品の形が見えてきました。 彼は、自身の作品について、「光を書く」という意味の「Photographie」という言葉の通り、光と質感との関係、建築物への光の投射が重要であると言います。制作期間中、組み立てられていくオブジェの形とともに、刻一刻と変わる光の角度も観察し続けました。

© Georges Rousse

本展会期中、21_21 DESIGN SIGHTには、ジョルジュ・ルースの作品を通して新たな風景が立ち現れています。「重なる1°の奇跡」を体験しに、ぜひ足をお運びください。

2017年9月9日、本展参加作家の淺井裕介によるワークショップ「ミッドタウンのねっこ」を開催しました。
土と水を使用し動物や植物を描く「泥絵」で知られる淺井ですが、このワークショップではマスキングテープを使って植物を描く、2003年より淺井が続けている「マスキングプランツ」という手法で1日限りの作品を会場内に描きます。

まず最初に、淺井が自身の本展出展作品「土の旅」の解説をしました。 本作品は、2016年にヴァンジ彫刻庭園美術館で展示した作品「生きとし生けるもの」を分割し並べ替えた上に、今回新しく泥で絵を描いたものです。

続けて、ワークショップで使用するマスキングテープの使い方や植物と見えるように描くポイントを解説しました。
直線や曲線、点線の使い方、葉っぱの描き方、花の描き方など工夫次第で何通りもの表現方法があり躍動感も生まれていきます。 館内の場所に応じて、「ミッドタウンのねっこ」の伸び方も様々です。

21_21 DESIGN SIGHTの地下にあるギャラリー2からスタートした「ミッドタウンのねっこ」はどんどん成長していき、館内を一周して外まで伸びていきました。 淺井は身体を通して感じたことを、すぐに作品に落とし込むことを意識していると言います。
21_21 DESIGN SIGHTの建物や場所を活かす構成で、一人ひとりのマスキングテープがつながり、会場内に新たに1つの大きな作品ができあがりました。

描き始めは直線が多かった「ミッドタウンのねっこ」も、参加者の緊張がだんだんと解けるにしたがい、のびのびとした柔らかい曲線に変化していることがわかります。
1日限りの作品でしたが、場所・素材が何を感じているかを参加者とともに意識しながら制作することができた貴重な時間を過ごすことができました。

シンガポールのマーライオンやニューヨークのコロンブス像などを取り込んでホテルやリビングルームを建設し、公共空間にプライベート空間を出現させる西野 達。本展では、21_21 DESIGN SIGHTの建築の中に新作インスタレーション「カプセルホテル21」を制作しました。「実現不可能性99%」の制作風景を、写真とともにお伝えします。(写真:木奥恵三)

「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」のメインビジュアルで謳われている「実現不可能性99%」とは、西野 達がこれまでに発案してきた数々のアイデアの実現の難しさを表現した言葉です。そんな西野が今回挑戦したのは、21_21 DESIGN SIGHTに新しくオープンしたギャラリー3の中に、「六本木のど真ん中に突如として出現したアートホテル」を制作することでした。

下見のために会場を訪れたとき、等間隔に仕切られたギャラリーの窓を見て、その幅にあわせてベッドが並ぶカプセルホテルのアイデアが浮かんだという西野。ホテルに不可欠なベッドにはテレビ番組を観られる設備を整え、シャワー室も設置、さらにホテルの装飾のように自身の写真作品や新作彫刻も展示することとなりました。

会場設営は、西野が信頼する施工チームとともに進められました。まず単管や木材でフレームを組み立てると、発泡スチロールと発泡ウレタンで個室を仕切っていきます。

会場で作業をする西野。ホテルの中に展示する彫刻作品の制作も現場で行います。右の石膏像たちはコラージュされ、シャンデリアのように吊るされることとなりました。

「実現不可能性99%」から始まり、ついに実現した「カプセルホテル21」。建築家 安藤忠雄が設計した21_21 DESIGN SIGHTの建築の中から、ミッドタウン・ガーデンの緑をのぞむことのできる、異例の「カプセルホテル」です。
会場では、来場者が作品のベッドにも自由に出入りすることができます。ぜひ足をお運びください。

にしのたつ:
1960年、名古屋生まれ。1997年から主にヨーロッパで活動。屋外のモニュメントや街灯などを取り込んで部屋を建築しリビングルームや実際にホテルとして営業するなど、都市を舞台とした人々を巻き込む大胆で冒険的なプロジェクトを発表することで知られる。現在はベルリンと東京を拠点に活動。シンガポールのマーライオンを使ったホテルプロジェクト「The Merlion Hotel」(2011年)、NYマンハッタンのコロンブスのモニュメントを使用したプロジェクト「Discovering Columbus」(2012年)、ロシアのエルミタージュ美術館内のインスタレーション「So I only want to love yours」(2014年)など。

ヌーメン/フォー・ユースは、舞台芸術、インダストリアルデザイン、インスタレーションと、様々な分野で活動を展開するアーティスト集団です。本展では、21_21 DESIGN SIGHTの建築空間に呼応するよう、テープを使った新作インスタレーションを発表しました。会場を横切るように大きく伸びた半透明の立体作品は、どのように制作されたのでしょうか。ここでは、その制作風景の一部を写真とともにお伝えします。(写真:木奥恵三)

制作は、作品を支える大きな白い枠と、ギャラリーの天井や柱の間に粘着テープを張り巡らせるところから始まりました。2人以上で1組になってテープを手渡しながら、離れた拠点を繋ぐようにテープを往復させます。

作品の骨格ができると、その骨格に沿ってテープを幾重にも重ねていきます。初めは向こうが透けて見えた立体が、人の入れる空間を残しながらだんだん補強されていく様子は、昆虫の巣がつくられていく様子を連想させます。

本展のメインビジュアルで彼らを表現している「テープ21,120mの床」という言葉は、本展展示作品「テープ・トウキョウ02」の材料である粘着テープの総量*です。 制作現場の近くには、作品の材料であるテープが山積みにされています。1週間ほどの制作期間中、会場内にはテープの伸びる音が反響していました。
*実際に使用したテープの総量は約15,000m

本展では、実際に作品の中に入り、その空間を体験することができます。ぜひ会場でお楽しみください。

*本作品は、2名まで同時にご体験いただける作品です。体験をお待ちになる方が多い場合には、閉館時間までにご体験いただけない場合がございます。また、9月16日(土)以降の土日祝日は、整理券を配布いたします。詳細は、開催概要をご覧ください。

ヌーメン/フォー・ユース:
ヌーメン/フォー・ユースは、舞台芸術、インダストリアルデザイン、空間デザイン、コンセプチュアルアートの分野で活動しているアーティスト集団。1998年に、インダストリアルデザイナーのスヴェン・ヨンケ(Sven Jonke)、クリストフ・カツラー(Christoph Katzler)、二コラ・ラデルコヴィッチ(Nikola Radeljković)からなるコラボレーション・グループ「フォー・ユース」として最初に結成された。1999年、インダストリアルデザインの枠を超えたあらゆるプロジェクトを実現する集団アイデンティティとして、ヌーメンを結成。2004年以降は、マドリードの国立演劇センターにおける舞台「インフェルノ(Inferno)」のための大がかりなサイトスペシフィックプロジェクト制作を機に、ヌーメン/フォー・ユースは舞台芸術に本格的に取り組むようになる。その後、ヨーロッパ各地で舞台芸術の制作が続いている。2008年以降は、あらかじめ決まった機能を持たせずにオブジェクトやコンセプトを構成することに重点を置いている。その活動から、Numen-Lightシリーズ、Tape、Net、Tuft、String、Tubeなど、より異種混合的で実験的な作品が生まれている。

泥や絵の具などを用いて、人間と様々な動植物が織りなす絵画の制作で知られる淺井裕介。本展では、東京ミッドタウン内の土を含めこれまでに各地で採取した土を使用して、過去に手がけた作品の再構成を試みました。その制作風景の一部を、21_21 DESIGN SIGHTスタッフがレポートします。(写真:木奥恵三)

「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」参加作家の一人、淺井裕介は、その完成した作品だけでなく「描き続ける」姿もよく知られます。本展のメインビジュアルで謳われている「連続制作時間96時間」とは、実際に、淺井が2016年にヴァンジ彫刻庭園美術館で展示した作品「生きとし生けるもの」の制作に連続して費やした時間です。

本展では、その「生きとし生けるもの」の再構成を試みた淺井。格子状に分割し、並べ替えた上にさらに泥で新しく絵を描きました。

まず、21_21 DESIGN SIGHT館内に、並べ替えられたパネルが設置されました。新しく描き足す作業は、すべてこの会場内で行われます。元々あった絵に、泥の絵の具が重ねられて、淺井の作品が少しずつ立体的になってゆきます。

テーブルの上には、無数の絵筆とともに、さまざまな色や粘度の土が入った透明のコップがパレットのように並べられ、それぞれ土が採取された土地も記されています。今回は、21_21 DESIGN SIGHTが位置している東京ミッドタウン内の土も、素材として加わりました。

やがて淺井の筆は元のパネルからはみ出し、白い壁にも泥絵が描かれ始めました。あらかじめ終わりを決めずに描き始めるという淺井は、絵画が完成したかと思われた後にも少しずつ描き足し続け、なかなかその手が止まることがありません。制作は、展覧会が開幕する直前まで終わることなく続きました。

本展では、こうして完成した「土の旅」を展示しています。以前描かれた絵に、新たな命が吹き込まれた本作を、ぜひ間近でお楽しみください。

あさいゆうすけ:
1981年東京都出身。マスキングテープに耐水性マーカーで植物を描く「マスキングプラント」や、土と水を使用し動物や植物を描く「泥絵」、アスファルトの道路で使用される白線素材のシートをバーナーで焼き付けて制作する「植物になった白線」など、室内外を問わず外力によって増殖させた自然界のイメージを、支持体となる様々な場所や物に、その土地や身の回りの品々で奔放自在に制作を行っている。近年の主な展示に「淺井裕介 -- 絵の種 土の旅」(2015-2016年・彫刻の森美術館)、「生きとし生けるもの」(2016年・ヴァンジ彫刻庭園美術館)、「瀬戸内国際芸術祭」(2013-2016年・犬島)、ヒューストンでの個展「yamatane」(2014年・Rice Gallery)など。

2017年7月22日、企画展「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」トーク「プロジェクトをアーカイブする」を開催しました。
登壇者の一人、柳 正彦は、1980年代より現在に至るまでクリストとジャンヌ=クロードのプロジェクトに携わり、本展ではクリストとジャンヌ=クロード企画構成を務めました。もう一人の登壇者、森山明子は、植物を主な素材としていたいけ花作家、芸術家 中川幸夫の評伝の著者でもあるジャーナリストです。
本トークでは、二人がそれぞれの経験を通じて、期間限定で消えてしまうアートやデザインを残すことについて、語りました。

はじめに、柳がクリストとジャンヌ=クロードがこれまでに実現してきたプロジェクトを紹介しました。「作品が一時的であるからこそ記録に残したい」と語るクリスト。その方法として、彼らは大きく分けて「記録映画」「記録集(書籍)」「ドキュメント展」という3つの方法を選んできました。その際には、作品が実現した様だけでなく実現までの軌跡も、写真、スケッチ、手紙、書類といったものまで克明な記録として残します。プロジェクトが実現してから非常に早く、時には自らの出資によって記録集を製作することもある、というエピソードからは、発想から実現、記録までの全過程をプロジェクトと捉えて取り組むクリストとジャンヌ=クロードの姿勢が想像されます。

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中川幸夫は、対称的にその制作過程を公表することはあまりなかったと森山は語ります。しかし中川は、詳細な制作ノート、日誌、備忘録ともいえるものを残していました。森山が著した中川の評伝『まっしぐらの花―中川幸夫』(美術出版社、2005)には、その中から制作過程を記録したものが引用されています。
中川が切望し、2002年5月18日、新潟県十日町で達成された「天空散華」。約20万本分のチューリップの花弁が上空のヘリコプターから降ってくる中、大野一雄が踊る短い時間に立ち会った人々のみが体験することのできた作品です。また中川は、基本的にいけ花作品を、ただ一人密室で制作していました。花の様子が刻一刻と変わる「密室の花」を他人に見せることのできる唯一の方法として、77年の作品集以降は中川自ら写真を撮っていたといいます。

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短い時間で、時には他人の目に触れる間もなく消えてしまう作品を実現させ、さらに作品にとって最適の方法で「残らないものを残す」ことにも熱意をかける表現者たちの姿に、アーカイブそのものを通して触れる機会となりました。

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2017年7月8日、企画展「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」に関連して、展覧会チームによるオープニングトークを開催しました。
トークには、本展ディレクターの青野尚子、会場構成協力の成瀬・猪熊建築設計事務所より成瀬友梨、猪熊 純、展覧会グラフィックの刈谷悠三が登壇しました。

トークのはじめに、青野尚子が、本展ができるまでの過程について解説しました。
クリストとジャンヌ=クロードを出発点として、世界各国からダイナミックな手法で活動を行うさまざまな分野の作家たちが集う本展。
参加作家の制作のプロセスを解説し、過去に制作した作品についても触れました。

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展覧会グラフィックを担当した刈谷悠三は、ポスタービジュアルの複数のアイデアを実際に見せながら、現在のビジュアルに至るまで様々な試行錯誤があったことについて振り返ります。展覧会タイトルにもある「そこまでやるか」の言葉によって想像力を引き立てられるよう、あえて画像は用いらずに構成したことを説明しました。
さらに、クリストとジャンヌ=クロードの「フローティング・ピアーズ」から着想を得たオレンジを展覧会のテーマカラーとし、会場グラフィックでも統一感があるデザインを目指したと語りました。

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作品のスケールが身体的に伝わり、会場全体でひとつの体験ができるように構成したと語る猪熊 純。構想途中の模型を用いながら、どのように会場のバランスをつくりあげてきたのかを解説しました。特に4組の作家が集うギャラリー2では、同時に複数の作品が目に入り迫力が伝わる配置、一体感をもたせつつも個々の作品と向き合って鑑賞できる構成を、具体的に意識したと言います。
成瀬友梨からも、参加作家とその作品から感じ取った魅力をより良く伝えていくための粘り強い試行錯誤が語られました。

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本展開催に向けて約1年をかけて準備してきた展覧会チームのアイデアの源や試行錯誤を重ねたプロセスからも、「そこまでやるか」というフレーズに応えようとする強い熱意が感じられるトークとなりました。

―― 森山明子(デザインジャーナリスト、武蔵野美術大学教授)

「そこまでやるか 壮大なプロジェクト展」に関連するトークをやることになった。開催中の展覧会は8つの作例からなるが、その一つにクリスト(1935-)とジャンヌ=クロード(1935 - 2009)のプロジェクトがあり、二人のスタッフとして数々の企画に伴走してきた柳正彦氏の相手としてである。
今回の展示にある「湖面を渡る100,000m2の布」は、イタリア・イセオ湖で昨年実現したフローティング・ピアーズ、つまり湖に浮かんで人が歩くことのできる布製の長大な桟橋。『クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』(図書新聞社、2009)の著者とトークをすることになったのは、いけ花作家中川幸夫(1918 - 2012)が理由である。
中川には100万枚のチューリップの花びらをヘリコプターから信濃川河川敷に降らせる「天空散華 中川幸夫"花狂"」があり、私は中川の作品集を編集し、評伝『まっしぐらの花―中川幸夫』(美術出版社、2005)を書いたからだ。

歴史に刻まれる「密室の花」

壮大かつ期間限定だったり素材が植物だったりして、現物を残すことができないアート・プロジェクトをどう後世に伝えるか。そのために、作家の傍らにいる人間に何ができるか。トークでは、プロジェクトの実際を話し合うことで、この課題を解く糸口を聴衆とともに考えたい。
クリストとジャンヌ=クロードの活動は世界的に知られているから、ここでは知る人ぞ知る中川幸夫について述べてみる。
香川県丸亀に生まれた中川がいけ花を始めたのは戦時下、印刷工を経た二十代半ばだった。作庭家の重森三玲が京都で主宰したいけ花研究集団「白東社」に参加することで頭角を現わし、所属する池坊を脱会して東京に転居したのは38歳。以来、前衛いけ花運動が退潮しても、花を教授しないただ一人の前衛として制作を続けた。
集大成である『華 中川幸夫作品集』(求龍堂、1977)収録の作品群は、基本的には他者に見せることを意図しない「密室の花」。理解者である詩人瀧口修造らに衝撃を与えたのが腐らせたカーネーションの花びらが赤い花液を流す「花坊主」といった一連の作品だった。いけ花500年余の歴史にない花である。舞踏家大野一雄の舞台の花を制作するなど観衆を前提とする作品づくりが加わるのは、90年代に入ってからのことなのだ。

消えゆくものを残す作家の日々

いけ花作品は写真でしか残せない。それも望んだ一瞬を撮るために、写真家の土門拳に勧められたこともあって中川は自分で撮影し、残されたポジフィルムは数千枚に及ぶ。掲載記事や手紙類はまめに保管。愛用し続けた「能率手帳」は制作ノートであり、読書日誌であり、備忘録でもあって、創作の秘密を解く上でまたとない貴重な資料となった。
柳氏によれば、クリストらがプロジェクごとに重要度に応じて梱包したドキュメントは夥しいという。規模は比ぶるべくもないにせよ、残せない作品を残す中川の努力に変わりはなかったのである。
作品制作の原資をクリストらはプロジェクトのドローイングに求め、中川は書とガラス作品とした。共通性は他にもある。クリストには同年同日生まれのジャンヌ=クロードが、中川には11歳年上のいけ花作家・半田唄子がいて、忍耐を強いられる時間を共有できたことだ。

「天空散華」は奇跡の花

ニューヨーク市に注ぎこむハドソン川を望みながら実現せず、新潟県十日町で越後妻有アートトリエンナーレ大地の芸術祭の一環として達成できた2002年の「天空散華」は、クリストとジャンヌ=クロードによるニューヨーク市セントラルパークに7503基の布製の門が立ち並ぶ「ゲーツ」に設置許可が下りる前年だった。建造物などの「梱包」から自然界へと場を転じたクリストらに対し、中川は「密室」から出て天空へ。
20万本ほどのチューリップは、栽培適地である地元十日町の人々が解体した。荒天のために雨滴をまとって螺旋状にとめどなく降ってくる花びら。最初は赤、次いで白、そして黄のまじる色とりどりの、ゆうに100万枚をこえる花弁―。「皇帝円舞曲」が流れる中、96歳の大野一雄が白い椅子で踊り84歳の中川が寄り添う。15分ほどの現場に立会った人しか得られない感動があった。
アーカイブの限界ではあるのだが、それでもこころ震える感動を人々に伝えたい。だが、一体どのようにして?

トーク「プロジェクトをアーカイブする」

日時:2017年7月22日(土)11:00-12:30
出演:柳 正彦、森山明子
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