2006年8月 (1)

建築家 安藤忠雄が語る「私と21_21 DESIGN SIGHT」

安藤忠雄


21_21 DESIGN SIGHTの設計を手がける建築家・安藤忠雄氏。氏はこれまで数多くの文化施設設計にたずさわってきましたが、21_21 DESIGN SIGHTの設立には特別な思いがあります。今、なぜ21_21 DESIGN SIGHTなのか、その思いを語っていただきました。



今、必要な日本の顔とは――

仕事柄、世界各地を飛び回っていろいろな方と接していますと、しばしば「日本には顔がない」と言われます。「顔が見えない国」と。経済は顔が見えているどころか、もうずいぶん長い間リーダーシップを取っています。けれども。私はもうひとつ日本の顔が欲しいと思う。

日本は世界でも珍しく大衆文化をしっかりと根づかせてきた国です。江戸時代から続く文楽、歌舞伎、浮世絵、俳句など、そういった文化を支えているのは、生活を楽しむという美意識だと思うのです。

その文化の奥には、日本の自然観がある。生活のなかで、つねに感動をもって春夏秋冬に接してきた。これはヨーロッパなどと比べてもとても珍しい感情で、日本人の感受性の高さを示していると思うんですね。

...かつて、ポール・ヴァレリイとポール・クローデルが対話し、「世界中の民族の中で滅びては困る民族がいるとしたらそれは日本人だ」と言ったことがあります。私はそれを、日本人の固有の美意識を滅ぼしてはならないということだと解釈しています。美意識には、たとえば責任感とか正義感といったものも含まれます。なかでも人や自然に対する礼儀、生きていくことへの礼儀。あるいは、ものをしっかりと見つめることもそうでしょう。

ところが、1960年代に高度成長期を迎えると、お金が儲かればいい、お金があれば豊かになれるという考えが主流になり、かつての美意識はどこかに消えてしまった。東京の街を見ればわかります。美しさを求めた景観ではありません。経済効率を優先した結果ですよ。

かつてイサムノグチさんとお会いした時、「ニッポンの美意識を取り戻さなければならない」と言われていました。
私と三宅一生さんとのつきあいは、35年くらいになるでしょうか。
「デザインという美意識の中に賭けている」と言っていた田中一光さんと3人で、いつかデザイン・ミュージアムを作ろうと話をしていた、そういった経験が、今に繋がっているという思いもあります。

日本が持つべき顔とは、美意識のある国としての顔ではないか。これを実現するために21_21 DESIGN SIGHTという考え方が必要だと思っています。

建築写真
PHOTO: MASAYA YOSHIMURA/NACASA&PARTNERS, INC.
鉄板の屋根が設置される 2006年6月10日撮影


美意識をもった建築

21_21 DESIGN SIGHTの建築を説明するならば、やはり巨大な一枚の鉄板による造形ということに大きな意味があると思います。日本の高い技術力を象徴するものと言えるからです。

建築写真
PHOTO: MASAYA YOSHIMURA/NACASA&PARTNERS, INC.
屋根を設置する前の入念な準備作業 2006年5月30日撮影


鉄板は膨張と厚さの問題があります。それをクリアして造形する技術、解析する技術の両方が必要です。設計が現実のものとなるのは、高い技術力が現場にあるからこそなのです。

また、工事には欠かせないスケジュール管理、日本人はこの点に優れているのです。たとえば、日本の新幹線はめったに遅れない。私はイタリアでミラノとベニスをよく往復しますが、20分くらい遅れるのは当たり前のことです。でも誰も何も言いません。

スケジュール管理が優れているということは、品質管理が優れているということにもつながる。それらはすべて心、美意識からきているのです。この心を取り戻すために、21_21 DESIGN SIGHTは役立たなくてはならない。

そして経済効率一辺倒で無計画につくられた日本の都市へのアンチテーゼとして。もっと都市を美しくという意識をもって、私はこの21_21 DESIGN SIGHTに参加しています。



2006年6月22日 東京ミッドタウン内にて収録
構成/カワイイファクトリー ポートレート撮影/五十風一晴

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