21_21 DESIGN SIGHT (28)

館内スタッフのユニフォームをリニューアルしました

2017年3月に10周年を迎える21_21 DESIGN SIGHT。今後の企画展や新しく開設する「ギャラリー3」での取り組みなど、これからのより幅広い活動を見据え、このたび、館内スタッフのユニフォームを一新しました。スタッフ一同、新たな心持ちでみなさまをお迎えします。


「アスリート展」内覧会にて(Photo: Yasuyuki Yoshinaga)

「アスリート展」内覧会にて

21_21 DESIGN SIGHTが10周年を機に新たなスペースとなる「ギャラリー3」を携えて生まれかわります

デザインを通して、日常のできごとやものごと、人びとの営みにかかわるさまざまなことを考え、世界に向けて発信し、提案を行なう場として、2007年3月に開館した21_21 DESIGN SIGHT。以来、34の展覧会を含むプログラムを開催、多くの方々に来場いただきました。

そして10周年を迎える2017年3月、開館以来の活動趣旨をさらに発展させていくため、新たな活動拠点「ギャラリー3」を開設します。

従来の「ギャラリー1」「ギャラリー2」(建物地下の2つの展示室)に続く、「ギャラリー3」では、デザインに触れるスペースとして広く一般の方へ開放するほか、デザイン関係者はもちろん、企業や教育機関、研究機関、各国の文化機関等との密な連携によって、展示やイベント、ワークショップなどさまざまなプログラムを共同で実現させていきます。

今春には「ギャラリー3」のオープニング企画として、10年間の活動をふまえつつ、デザイン、生活、社会の今後を考えるプログラムを予定しています。

2007年の開館から今日までの歩みを大切に、21_21 DESIGN SIGHTでは今後もさらに、デザインの視点で広く周囲に目を向けていく活動を継続していきます。


©安藤忠雄建築研究所

21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー3

オープン:2017年3月31日
設計:安藤忠雄建築研究所
展示室:109.6㎡(天井高〜4.26m)
構造:RC造一部S造 地上1階

『和樂』2015年7月号特別対談「三宅一生×安藤忠雄」

私たちが大切に守っていくべき日本の美しさとは何かを考え、日本文化の素晴らしさ、尊さを伝える『和樂』7月号の特別対談。
21_21 DESIGN SIGHTを設計した建築家の安藤忠雄と、ディレクターのひとりである三宅一生が「デザインからひもとく日常の美、日本の美」をテーマに対談を行ないました。日本の美意識や創造力から生まれたデザインを、次の世代につなげていくための試みとしての21_21 DESIGN SIGHTでの活動から、日本初のデザイン・ミュージアム設立への想いを語っています。
ここでは、10ページにわたる特集の一部を紹介します。

毎日デザイン賞の授賞式が行われました

2015年4月21日、毎日デザイン賞の授賞式が行われました。

毎日デザイン賞は、毎日新聞社が主催し、グラフィックやインテリア、クラフト、ファッション、建築など、あらゆるデザイン活動で、年間を通じて優れた作品を制作、発表し、デザイン界に大きく寄与した個人、グループ、団体を顕彰する文化的な賞です。

21_21 DESIGN SIGHTは、「デザインの多視点を提示」として特別賞に選ばれました。

授賞式では、21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターの川上典李子がスピーチを行いました。

朝比奈社長様、毎日新聞社の皆さま、毎日デザイン賞選考委員の皆さま、このたびは栄誉ある賞を21_21 DESIGN SIGHTにいただきましたこと、それも「特別賞」を検討していただいての受賞とうかがい、ディレクターの三宅一生、佐藤 卓、深澤直人、ならびに21_21 DESIGN SIGHTの関係者一同に代わりまして、心からのお礼を申し上げます。

21_21 DESIGN SIGHTは2007年に開館し、これまでに28の展覧会プログラムを開催してまいりました。
その設立の背景は、1988年、デザインの重要性が語られた、ある日にさかのぼります。
ニューヨークにおけるイサムノグチさんの展覧会会場で、イサムノグチさんや安藤忠雄さんと三宅が、「日本におけるデザインミュージアムの構想」を熱く語りあった時間がありました。
その想いを受けつぎながら、21_21 DESIGN SIGHTでは、できうるかぎり幅広く、多くの方がたと一緒に、「『デザイン』とは何かを考える場でありたい」、「デザインの可能性を体感できる場でありたい」と、活動を続けています。

「まずは場をつくり、私たちらしい方法で、始めてみましょう!」
「できるところから進んでいきましょう!」---------- そうした三宅の言葉に一同背中をおされ、わくわくしながらも手さぐりで始めた8年前から現在まで、その気持は変わっておりません。

デザインは、生活を豊かにし、喜びをもたらす知恵です。
日々の課題を解決する叡智であり、今後に向けた新しい視点を示していくこともできます。
そして最も大切なこと、それは、「デザインは私たちの生活のあらゆるところに存在しており、文化であり、デザインとかかわりのないものはない」ということです。
その考えから、21_21 DESIGN SIGHTでは、「デザインの多義性を探る場」でありたいと願ってきました。
それだけに今回、「デザインの多視点を提示」との評価をいただきましたこと、内藤 廣先生がお書きくださった選考評にも関係者一同、感激し、同時に、身のひきしまる思いがしております。

このように評価いただいた活動はもちろん、多くの方々が関わってくださってはじめて実現でき、継続できるものであり、いただきましたすばらしいこの賞も、ご支援くださった多くの皆様と一緒に頂戴したものであると考えております。
この場をお借りしまして、支えてくださっているすべての皆様、そして21_21 DESIGN SIGHTの設立にご尽力を賜りました三井不動産株式会社様に、改めましてお礼を申し上げたいと思います。
このたびは、すばらしい賞をいただきましたこと、本当にありがとうございました。

21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクター 川上典李子

>>表彰式の様子はこちら

21_21 DESIGN SIGHT クリスマス・スペシャル

21_21 DESIGN SIGHTは、通常火曜日は休館のところ、12月25日(火)は開館します。

■ペア割引
2012年12月22日(土)~25日(火)の4日間、お二人で来館の方は「ペア割引」として入場料の合計より500円を割引いたします。ご友人、パートナー、ご家族とぜひお誘い合わせの上、ミッドタウン・ガーデンのイルミネーションとともに展覧会をお楽しみください。

*通常料金2名分の1回の会計に対し1回のみ割引いたします
*他の割引との併用はできません
入場料については、ご利用案内をご覧ください。

*東京ミッドタウンではイルミネーション観覧のための混雑が予想され、12月21日(金)~25日(火)の16:00~23:00は通行規制によりミッドタウン・ガレリアの通り抜けができません。該当時間内は、外苑東通りより21_21 DESIGN SIGHTとカノビアーノ・カフェ専用遊歩道をご利用ください。
その他の注意事項は東京ミッドタウンのウェブサイトをご覧ください。

■鈴木康広によるトーク
瀬戸内国際芸術祭2010出品作「ファスナーの船」で話題を呼び、ジャンルを超えた発想で美術館のみならず公共空間での活動に取り組んでいるアーティストの鈴木康広。
代表作の一つである「りんごのけん玉」とそれにまつわる様々なエピソードや、最近の活動について語ります。クリスマス連休のひとときを、鈴木康広と共に楽しくお過ごしください。

日時:2012年12月23日(日)14:00-15:30
参加費:無料(ただし、当日の入場券が必要です)
予約受付:ウェブサイトにて受付中、定員に達し次第終了
ご予約・詳細はこちら

21_21 DESIGN SIGHT 公式Twitter、Facebookがスタート

21_21 DESIGN SIGHTの公式Twitter、Facebookを始めました。
展覧会や関連プログラム、施設に関する情報を随時お知らせしております。
ぜひご覧ください!

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TV放映のお知らせ:建築家 安藤忠雄「仕事学のすすめ」

「安藤忠雄/仕事学のすすめ〜自ら仕事を創造せよ〜」

NHK教育テレビ(Eテレ)
全4回 午後22:25 〜 22:50 毎週水曜日

第1回:3月7日放送、3月14日再放送
第2回:3月14日放送、3月21日再放送
第3回:3月21日放送、3月28日再放送
第4回:3月28日放送、4月2日、5日再放送

番組ホームページ

建築家の安藤忠雄が「混迷の時代にこそいかにして自ら仕事を創造するか」ということについて語り、その仕事を振り返る全4回に渡る番組です。
第3回(3月21日放送、3月28日再放送)の中で安藤は、21_21 DESIGN SIGHTの着想から完成までのプロセスを通して、三宅一生との出逢いを振り返り、そのやりとりから生まれた想いを語ります。

是非ご覧下さい。

こんな時だからこそ、「正しい」デザインとは?



4月3日、21_21 DESIGN SIGHTの2周年を記念して、ディレクターズの佐藤卓と深澤直人によるスペシャルトーク「こんな時だからこそデザイン」が行われました。

世界中の企業を相手に仕事をする深澤からは、経済も情報も「太り過ぎた」現代、逆に「何が本来の価値なのか考えやすくなったのでは」との意見。グラフィックの世界でもひしひしとデザインと真撃に向き合う時代を感じているという佐藤は、「コミュニケーション、言葉にすることが大切」と語りました。
そんな中、深澤は「正しいデザイン」という考え方を提案。センスや個性がつくる「良いデザイン」から、社会的で責任感のある「正しいデザイン」へ。その考え方に深く共鳴した佐藤も、「デザインとは、気を使うこと」との持論を展開しました。
トーク後には会場とのやりとりも活発に行われ、来場者とともに現代におけるデザインの役割について考えるひとときとなりました。

イサム・ノグチ・スペシャル vol.7 デザイン・トークでノグチについてのレクチャーも!

20日、国立新美術館講堂において21_21 DESIGN SIGHTのオープン1周年を記念した『デザイン・トーク』が開催されました。三宅一生、佐藤 卓、深澤直人の3ディレクターによるトークの前には、スペシャル企画として、イサム・ノグチ庭園美術館学芸顧問の新見 隆にイサム・ノグチの人と作品についても簡単なレクチャーをしていただきました。

新見隆


約20分という短い時間ながら、イサム・ノグチが広い意味で20世紀のモダニズムを越えようとした芸術家であり、西洋近代彫刻の代表ともいうべきブランクーシに師事しながらも、みずからは東洋的な思想を彫刻表現に取り入れた新たな造形を生み出したことなど、スライドを交えた解説はとても興味深いものでした。

続いて行われたデザイン・トークはアソシエイトディレクター川上典李子を司会に、開館までの経緯やこの1年の活動について、ディレクターたちがそれぞれコメントを発表。これからの21_21 DESIGN SIGHTはどうなっていくべきかなど刺激的な意見も飛び出しました。

川上典李子、佐藤 卓
三宅一生、深澤直人


トークの後は次回展『祈りの痕跡。』展のディレクターであるアートディレクターの浅葉克已が登場、展覧会の内容について紹介しました。手旗信号などを交えたパフォーマンスで会場は大いに盛り上がりました。

なお、この「デザイン・トーク」の模様を記録した映像を1時間に再編集し、上映会を開催することが決定しました。来場いただけなかった方、ぜひこの機会をお見逃しなく! 
(詳細は関連イベント情報をご覧ください)

イサム・ノグチ・スペシャル 一覧リスト へ

[採録]新見隆 特別レクチャー 「イサム・ノグチの人と作品」

このレクチャーは、2008年6月20日(金) 国立新美術館 講堂にて開催された21_21 DESIGN SIGHT 1周年記念講演会「デザイン・トーク」中で行なわれました。

21世紀人展とコレスポンダンス


こんにちは、新見です。イサム・ノグチさんの美術館が10年前に立ち上がりまして、そこの顧問をしております。今日は三宅一生さんから、少しお話をしろと依頼を受けて参りました。今回三宅さんが、ディレクターとして立ち上げられた『XXIc. --21世紀人』展を見せていただいたのですが、大変感動しました。その印象から始めたいと思います。その前に申し添えますと、僕は三宅さんが、1930年代、ノグチの若い頃の、中国でのこの仕事をほんとうに偶然、さまざまな奇縁に導かれるようにして発見されて、ここから展覧会を発想されたということを聞いております。

さて、僕の受けた印象というのは、簡単な言葉なのですが、「万物照応」ということです。これは新羅万象が響き合って、動物などの生きもの、小さな花、それから風や宇宙、そういうものが響き合っているという意味です。英仏語ですと「コレスポンダンス」という訳語になります。普通は手紙をやりとりしたり、話をしたりという意味に使います。このコレスポンダンス、万物照応というのは、19世紀末のフランス象徴派を主導したボードレールという人が、芸術文化の根幹にある概念ということで提唱した言葉です。それが150年後の今、21世紀になって、大事なのではないかという時代がやってきたように思います。

ごく簡単に申しますと、20世紀は近代主義、文明などと言いながら、単に生活が利便になればよいんだというようなことで科学や技術が発展してきました。僕らはその利点を受けてきたわけですが、一方で環境問題、戦争、民族間の抗争、食糧の危機など、さまざまな問題を背負ってきたと思います。近代主義が始まったのは19世紀の半ばですが、その時代にボードレールが「芸術と文化の根幹は、新羅万象と響き合う自然の心」と「肉体」というふうに捉えた。

今回の展覧会では、三宅さんご自身も再生紙を使った、非常にバロック的というかアジア的というか、「東洋のバロック」とでもいうものを感じさせるような空間を、素晴らしいインスタレーションで実現されていました。ほかにもティム・ホーキンソンさんの《ドラゴン》、デュイ・セイドさんの《スティック・マン》などにも東洋的なものを感じました。そういう意味で展覧会全体が「アジアのバロック」という感じがしたのですね。それらを通して三宅一生さんからの強烈なメッセージとして、「コレスポンダンス」という概念を僕は受け取りました。

ポストモダニストとしてのイサム・ノグチ


前置きはこのくらいにして、本題のノグチの話に入りましょう。《スタンディング・ヌード・ユース》です。制作されたのは1930年、若い頃ですね、ノグチという人は1904年生まれで88年に亡くなられましたから、まさに20世紀をそのまま生きた----明治の終わりからずっと、大正、昭和と生きてこられた方ともいえます。ひとつ、ちょっと乱暴なアイディアを話したいのですが、イサム・ノグチはポストモダン的な人だったと僕は思います。
ポストモダンというと、70年代以降に様式折衷的に起こった、デザインや建築の一原理だと勘違いしている人がとても多い。しかしそうではなく、ポストモダンはもっと大きな概念です。いわば文明の進化論的な、利便になればよい、文明さえ発達すればよい、ものさえつくれば人間幸せになるんだという、そういう文明進化論的な考え方に対して、非常に懐疑的で批判的で、反省的な視座として始まった運動です。

倉俣史朗さん、磯崎新さん、三宅さんなどの方々が、そのなかにおられたわけですけれど、ポストモダンという思想や運動は終わったわけではなく、実は今から考えなくてはならないものだと思うのです。現代社会はさまざまな問題を抱えていますから、そのなかでのものづくりを考えていかなくてはいけない。その最たる人がノグチだったと思います。

ノグチの仕事を御存知の方もおられるでしょう。あかりのデザイン、陶器、それから公園や庭を手がけました。あかりは、岐阜の提灯を世界ブランドに立ち上げて世界発信した、最も成功した日本のプロダクトデザインのひとつといってよいと思います。

2005年がノグチ生誕101年で、亡くなられて17年でした。彼は亡くなる前に、札幌の郊外のゴミ捨て場だったモエレ沼に行き、「おもしろいから、ここを庭にしよう」と考えて、壮大なパークをつくられた。こういった、晩年の自然とコラボレーションした仕事は、ノグチが21世紀の僕たちにプレゼントしたものといってもよいと思います。

《モエレ沼公園》で彼が考えていたのは、子供が遊んでいる、恋人たちが話をしている、それからいろんな人が憩っている、噴水が、遊具があって、山があって、ピラミッドがあって、植生があって、ということですね。壮大な一種の大地ですが、それを設計されたわけです。ですからそのなかには、デザインの問題も建築も時間も風も場も、空間もある。すべてのものをそこに取り入れたのです。これが「ノグチがポストモダン的である」と僕がいった理由です。

東洋的な循環世界、豊かな空虚


ノグチの作品は、世界中の美術館に収蔵されていますけれど、実は彼が一番嫌ったのはホワイトキューブです。パッキリして、力があって、いわばエリート主義的でマッチョな、白いモダニズムの空間です。そのなかに置かれて、ドラマティックな主役として見られる彫刻を、ノグチは拒否したところがありました。それで自ら自然のなかに出ていって、庭をつくったり、それから自然との時間と空間と風とか、自然とか山とか光とかそういうものとコラボレーションする新しい彫刻を考えた。そのひとつが最後の作品、モエレ沼の公園なのです。

香川県の牟礼町には自宅とアトリエがあって、晩年の20年間はそこを使っておられました。現在そのままのかたちで美術館にしていますが、そこに「エナジーボイド」という作品があります。これは、あまりに高速度でエネルギーが廻っているから、そのなかが真空で抜かれるという状態を作品化したものです。僕らはエネルギーの中心の空虚と言っています。彼はブランクーシのような近代彫刻のチャンピオンから習ったわけですけど、それを超えて東洋と西洋を融合した。

ノグチが好きなのは円環構造というか、世界が全部循環して元に戻ってくる有様です。西洋にもありますが、主に東洋の思想にある、虚無ではない豊かな空虚といったものが好きで、そういう造形をされた。人間の身体のなかにも、そういう循環構造がある。漢方の目で見た人間の身体といえばわかりやすいかもしれません。

ノグチは日米混血の人でありましたから、大変つらい思いをしました。政治的にも制度的にも疎外された、孤独な人でした。ですから彼は制度や近代といったものが大嫌いでした。好きなものは古代的なものですね。人間の歴史を超えた、マチュピチュ、マヤの遺跡、ストーンヘンジやピラミッドなど。モエレ沼に行ってご覧になるとわかると思いますが、ノグチはそれらをコピーしたのではありません。今日僕らが世界遺産として知っている、人間の原風景というか、原芸術というか、おそらく芸術にもなってない、元の姿のものが、そのまま21世紀のかたち、ノグチが考えて感じたかたちとして現れてきている。これがイサム・ノグチの素晴らしさであり、モエレ沼のすごさであると思うのです。


新見 隆(にいみ りゅう、1958年 - )
広島県出身。 慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業。1982年から1999年2月まで、西武美術館・セゾン美術館の学芸員として、展覧会の企画を担当。 イサム・ノグチ庭園美術館学芸顧問。インディペンデント・キュレーター。千葉大学教育学部大学院美術専攻、慶應義塾大学理工学部、東京造形大学比較造形学科などの講師を経て、1999年より武蔵野美術大学芸術文化学科教授。

21_21 DESIGN SIGHT 1周年記念講演会「デザイン・トーク」 vol.3 21_21における「考える」「つくる」ということ

講演会の後半では、いくつかのキーワードを軸にディレクターたちがそれぞれの考えを述べました。21_21 DESIGN SIGHTの今後について、活発な意見交換が行われ、盛況のうちにトークを終了しました。

深澤直人


川上
21_21 DESIGN SIGHTの現在と今後について「考える、つくる」という観点から進めていきたいと思います。ディレクターとして、この1年はどんなことを考え、感じられたのかについて、順に話していただけますか。深澤さんからお願いします。
深澤
我々ディレクターの会話や、あるいは展覧会を見た感想を寄せてくださったなかでしばしば登場したのは、「我々がやっているのは、デザインなのか、アートなのか」ということでした。この問いに、明確な答えを出すというより、私たちがおぼろげながら感じている共通点があると思います。
近年の問題として、人間の身体と心が乖離してしまったことがあると思うんです。身体が自発的に環境に調和しようと働いて、人間は自然体になった時に喜びを感じる。生きているという実感を得る。でも、実際はそれがなかなかできないことが、悲哀やドラマや、自己を知るきっかけになって、デザインやアートの根源になるんじゃないかと思うのです。つまり私たちの脳、心は、いまの環境をコントロールできない悲哀みたいなものを、なんとなく感じてるんですよね。だから21_21DESIGN SIGHTという場も、結果的にその問題に収束していく。だれもが調和を取り戻していきたいという願望があると感じています。

最近思ったのですが、人間の無意識の選択というのは、すべて生きることにつながっている。人間の心理だけが、秩序を失い混乱させてしまう。自然に復帰する、人間らしさを取り戻していくという大きな流れのなかで、クリエイティブな活動をしていく場所ーーそれが21_21 DESIGN SIGHTであると定義づけています。

さきほどの水展のお話にもありましたが、卓さんがおっしゃったように、我々はやっぱりほとんど知らないんですよね。自分自身のことも、人間であることも。それに気づくようなことを誰かがやらないと。その感動こそ、僕らが目指すところなのかなと思います。
佐藤卓


川上
佐藤さんの「考える、つくる」で、今後、大切になっていくことについて、どのように考えていらっしゃいますか。
佐藤
いまデザインはどのメディアでも取り上げられています。でも、見ていますと「もの」のデザインが取り上げられて語られることが多いようです。視覚的におもしろいものっていうのは、取りあげやすいですから。でも実は、「もの」のデザインの奥には「こと」がある。そして我々は「もの」を通して「こと」をつくることをやっているんだと思っています。一生さんも「ことのデザイン」とおっしゃっていますが、たとえばそれは「もの」と人の関係のあいだで、なにが起きているかを考えることですよね。そうすると、深澤さんが言われたように、人の側でなにを受け取っているのかっていうことを、よく観察し見ていかないと、ものの周辺で起きていることの本質は見えてこない。
人とものの関係、デザインと人の関係はどうなっているのかを、検証したり探っていくことって、意外といままでされてこなかったんじゃないかという気します。たとえば、人が目で見たときに、頭のなかで記憶や体験と照らし合わせたりしながら、一体なにが起きているのだろうと。そういうことを考えていくと、デザインの問題としてどんなことにもテーマを設定できるんです。僕の場合はやはり、グラフィックデザインやコミュニケーションデザインをやってきて得たデザインの技術を、そこで活かせないだろうかと考えるわけですね。
川上
たしかに、ものの周辺に目を向ける活動は、多くの方がデザインに興味をもっている今という時代にこそ、まさに必要なことなのだと思います。三宅さんのお考えはいかがですか。
三宅
いくつかのおもしろい現象はあると思いますけど、今という時代は、売るためのデザインや広告を競いあっているような部分もあるのではないかとも感じます。フランス語でデランジュというのは人を惑わすということですが、僕が2000年に自分のデザイン活動を変えたのも、デザイナーがデランジャー、惑わす存在なのかと、とても疑問を感じ始めたからなんです。
もっとみんなの普通の生活に目を向けなきゃいけない、ないしは新しい方法論を考えなきゃいけないんじゃないかと思ったわけです。そのころに藤原大と一緒にA-POCを始めた関係もありまして、新しいチームで仕事をした。そして僕が思ったのは、どんどん自由にしていかないと前に行けないよ、ということでした。
ディレクター4人


三宅
この21_21 DESIGN SIGHTも、プロレスじゃないけれど、リングにしても良いのでは、と思っています。今日いらしてる方たちにも、この場所をだれもが参加できるリングのように考えていただいて、こんなことをやってみたいとか、こんなものが欲しいということを自由に言ってもらえたら、より活気のある楽しい場所になるんじゃないかなと思っているのです。今回のトークが、国立新美術館が我々に場所を提供してくださって実現したのも、相互関係やコミュニケーションがとても重要になってきたひとつの象徴だろうと思うんですけれども、今後我々も逆のかたちでやりたいなと思っています。
佐藤
ちょっといいでしょうか。僭越なのですが、僕は三宅一生さんの直感力に、衝撃を受けているんです。直感力って身体性なわけで、まさにその、リングで闘い合うっていうのはそういうことだと思うんですが、いまの世の中っていうのはどちらかっていうと理詰めで説得していかなきゃいけないと。それをなんとかしたらどうっていうのが、「XXIc.-21世紀人展」なんじゃないかって思ったりしてね。どうでしょう、深澤さん。
深澤
そうですよね。「XXIc.-21世紀人」は、直感のかたまりみたいなものかもしれない。一生さんの仕事の仕方は、僕のやり方と全然違うので、僕も圧倒的に驚く部分が大きいです。
川上
おふたりはそうおっしゃっていますが、三宅さん、いかがでしょう。
三宅
嬉しいですけれど、照れくさくもあります。それよりも、21_21 DESIGN SIGHTにいらしてくださる外国の方とお話していて痛感するのは、日本の文化の伝統を理解したうえで、もっと積極的に日本のものづくりを考え直していくことなんです。そして、その記録を、アーカイヴをつくっていくこと、同時にキュレーターなど、人材を育てていくことに着手しなければいけないですね。それは我々だけの力でできることではなく、やはり日本という国のレベルで、国が許容力をもってこの動きに参加していただきたいと思っています。
川上
そうですね。21_21 DESIGN SIGHTというひとつの場が生まれたことをきっかけに、様々な立場の方々と意見交換をしてきたいですね。今日は21_21 DESIGN SIGHTをリングにしてもいい、という話も出ましたが、デザインについて、表現するという行為について、つくるという意味そのものについて、枠を超えて多くの方々とさらに意見を交わしていく機会を、今後も引き続きつくっていきたいと思います。今日はありがとうございました。


2008年6月20日国立新美術館・講堂にて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/五十嵐一晴


vol.1 21_21ができるまで
vol.2 独自のアプローチを試みた企画展
vol.3 vol.3 21_21における「考える」「つくる」ということ

21_21 DESIGN SIGHT 1周年記念講演会「デザイン・トーク」 vol.2 独自のアプローチを試みた企画展

アソシエイト・ディレクター、川上典李子の進行で、3人のディレクターがこの1年間の活動について語りました。各人がディレクションを担当した企画展についてふり返る言葉から、21_21 DESIGN SIGHT独自の展覧会のつくりかたが浮かび上がってきました。

深澤直人


川上
21_21 DESIGN SIGHTの第1回企画展は、深澤直人ディレクション「チョコレート」でした。
深澤
最初の企画展だったので緊張はしましたが、あれほど楽しい時間が過ごせたことはなかったと今は思います。
実は施設の立ち上げのミーティングの際、一生さんに「ミュージアムという言葉を使わない」と最初に言われてしまって驚いたのです。根本的な言葉や概念を使うことができないから、ではこの施設をどう表現するのか、非常に難しかった。 僕自身としては、美術館のように「良いもの」を見せる場ではないので、すべて「良いもの」が並ばないかもしれないが、何かをやった結果として必ず面白いものが立ち上がる場、と考えました。

企画展のテーマを決めるときにも、一生さんが「チョコレートはどうですか」とおっしゃった。最初はうーんと唸ってしまいましたが、実際にチョコレートをデザインすることと、チョコレートから発想はするが、まったく関係ないものを考えるという、ふたつの方向で「チョコレート」展をディレクションしました。 チョコレートそのものはかたちをもっていない、可塑的なものだということがとても面白かったですね。そこで、かたちづくりに新しい意味を加える、その際に必ずチョコレートというフィルターを通すということをやりました。結果的に、最初にお話しした、やってみて良いものを知ることに繋がったと思っています。
佐藤卓


川上
深澤さんが全身チョコレートづけになるようにして、企画を進めてくださったように、第2回企画展「water」で佐藤さんは水の世界にどっぷり浸ってくださいました。
佐藤
展覧会のテーマを考えるミーティングの席で、三宅一生さんがアーヴィング・ペンさんの写真を資料としていくつか出されて、そのなかに「パンと塩と水」を写したすばらしい写真がありました。ペンさんの写真が、ひとつのトリガー、きっかけにもなったと思います。コップに入った水の写真を見ながら、「水っていうのはもしかしたらテーマになるかもしれないな」と話をしたわけです。
ごく日常のなかの「えっ、それってなにができるんだろうか」というところへ、デザインという言葉を投げかけてみる。で、そこでなにができるのかを、初めて考えていく。そうすると、水は我々の身体のなかにも存在するし、いまこの空気中にも水の分子は飛んでいるわけです。水がすべてをつないでいる。水と関係ないものは、実は世の中になにもない。それなのに、いろいろ調べていくと、水のことを我々はわかっていない。これは何かができるかもしれないと思ったわけです。

でも最初は、どんな展覧会になるのか、まったく想像できませんでした。とてもじゃないけれど水について、私ひとりでは手に負えないと思って、環境に対してさまざまな角度でアンテナを張っている竹村真一さんに連絡するところから始まりました。他にも水の専門家などいろんな方々に協力いただきながら、展覧会の準備を進めたのですが、実は、どんな展示にするか、まったく思い浮かばないわけです。生まれて初めての経験でした。いままでの経験値が役に立たないんです。というのは、水をテーマにすると、調べれば調べるほど、次から次に知らないことが発生してくるからです。どんどん広がるばかりなんです。

ですから今回の展示は、本当に無理矢理、情報を束ねてそれを体験する場をつくったという感じではあります。目の前の当たり前のことを、僕らはほとんど知らないですよねっていう、投げかけです。
三宅一生


川上
佐藤さんがおっしゃったように、「知っていたようで、知らなかったこと」「わかっていたようで、わからなかったこと」を、それこそギリギリまで探り続けていく......そうやってひとつの展覧会のかたちにまとめながら、あるテーマについて対話や議論が広がる場をつくろうと試みてきた状況を、皆さんにも感じていただけたのではないでしょうか。そして今年、第3回目の企画展が、三宅一生ディレクションの「XXIc.―21世紀人」です。
三宅
この展覧会に「XXIc.―21世紀人」と名前を付けました。20世紀は経済や科学が発展して豊かになりましたが、その歯車が逆転した側面もある時代でした。今やるなら、人間をテーマにした展覧会にしたいと考えたのです。
そこでふと、思いついたのがイサム・ノグチの《スタンディング・ヌード・ユース》という絵なんです。青年時代の彼が北京に滞在中、中国の横山大観、ピカソと言われる斉白石という画家に指導をうけて描いた作品です。イサム・ノグチの人生そのものが展覧会のテーマにふさわしいのではないかと思い、彼の作品を出発点にしました。

一方で、いま我々がおかれているのは、ある意味で恐怖の時代であると感じています。それは逆に言えばエネルギーの時代ということでもあります、たまたま、昨年3月にロサンゼルスの美術館でティム・ホーキンソンの展覧会を見まして、「あっ!これだ」と思ったわけなんです。イサム・ノグチの作品と絡めて、ストーリーをつくっていこうと考えました。
後は、いろいろな人にどんなふうにすれば21世紀を表現できるかということを問いかけました。そしてたくさんの人との新しい出会いがあったわけです。発見をしたり、会話をしながらつくっていった。人に教えるというよりも、一緒になってやっている、そんな感じが強かったですね。
作家の方たち以外にも、宮城、福井、富山、石川など様々なところへ紙を訪ねて歩きました。我々が紙づくりの面白さに驚いて、喜んでいると、職人さんたちも一緒に乗ってきてくれるんです。そんな風に人間と触れながらつくってきたといいますか、最初も最後も人間、その面白さを体験できたと思っています。
川上
さて、3人のディレクターにこの1年の企画展を振り返っていただきましたが、企画展以外にも実験的なプログラムをいくつか開催しました。舞台での表現と日常を題材にした身体表現、デザインをつなげる「落狂楽笑 LUCKY LUCK SHOW」、ファッション、メッセージを示すという視点から「THIS PLAY!」展、そして21_21 DESIGN SIGHTのパートナー企業とのコラボレーション企画として、「200∞年 目玉商品展」です。続いて、私たちが今考えていることについて、話の内容を進めていきます。

vol.1 21_21ができるまで
vol.2 独自のアプローチを試みた企画展
vol.3 vol.3 21_21における「考える」「つくる」ということ

21_21 DESIGN SIGHT 1周年記念講演会「デザイン・トーク」 vol.1 21_21ができるまで

壇上4人


2008年6月20日、21_21 DESIGN SIGHTのオープンから一周年を記念して、ディレクターの三宅一生、佐藤 卓、深澤直人の3人が揃った「デザイン・トーク」が開催されました。進行役はアソシエイトディレクター 川上典李子が務めました。トークの前には、21_21 DESIGN SIGHT設立のきっかけに関わった芸術家イサム・ノグチについて、イサム・ノグチ庭園美術館顧問である新見 隆による特別レクチャーが行なわれました。


川上
今日は大勢の皆様にお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。21_21 DESIGN SIGHTが開館して1年が過ぎました。多くの方々のご協力、ご参加をいただき、企業の皆様方のご協力もいただきながら、いま、2年目の活動を始めているところです。この1年、私たちディレクターのチームも試行錯誤を繰り返しながら、こういった場所で何をしていったらよいのかというお話を続けてきました。本日はそうしたお話を公開で行なう機会ということで進めていきたいと思います。
三宅一生語りイメージ


三宅
話がだいぶ前に遡りますが、イサム・ノグチさんのことから始めたいと思います。僕が彼の名前を初めて知ったのは、生まれ育った広島にある有名な橋がきっかけです。この橋をデザインしたのがノグチでして、高校時代に橋を渡って通学していた僕は、そこで初めてデザインとはこういうことなんだと、思ったわけなんです。それからずっと興味をもって彼の仕事を見続けるようになった。ノグチは彫刻家として有名でしたが、《AKARIシリーズ》などすばらしいプロダクトデザインもしていますので、あまりジャンルのない人だなと思って見ていました。

初めてお会いしたのは1978年のアスペンです。デザイン会議があり、僕やイサムさんも呼ばれたのです。その後、安藤忠雄さんとふたりでニューヨークの郊外にあるラトガー・ユニバーシティという学校の講演会に招かれてスピーチをしたのですが、その会場にイサムさんが来てくださった。そこで日本にはデザイン・ミュージアムがないね、という話になった。そんなことがきっかけになってイサムさんととても親しくなったんです。

当時から、同じように親しくさせていただいた方にグラフィックデザイナーの田中一光さんがいました。彼と話すうちに、「日本にはデザインが見られる場所が必要だね」という話題になりました。外国の知り合いに、日本に行ったらどこに行けばよいか、現代の日本を知りたい、日本のデザインがどこで見られるのかと聞かれたらどう答えるかと問われて、僕は「デパートかブティックへ行くしかないね」なんて言ったのです。

一光さんは僕に、「あなたらしいもの、オリジナリティのあるものをつくるということを言うけれど、新しいものは歴史をさかのぼらないとできないんじゃないか」と言い始めた。それで「じゃあ、デザイン・ミュージアムをつくろうよ」ということになって、安藤さんと行政や官庁にあちこち出かけては、デザイン・ミュージアムをつくりませんかと陳情して歩いたのです。ところがなかなか本気にしてもらえなかったんですね。これはまずいなと思っていたのです。

そうこうする一方で、2003年に朝日新聞に「造ろうデザイン・ミュージアム」を寄稿すると多方面から反響があって、ついに2005年にこの21_21 DESIGN SIGHTのプロジェクトが立ち上がったのです。
ディレクター3人


三宅
いろいろな方々の尽力があり、北山孝雄さんや三井不動産の協力で東京ミッドタウン内に安藤さんの設計によるデザイン施設が実現することになりました。そこで意識したのは、この場所が個人的なものではないということです。つまり、21_21 DESIGN SIGHTは通りに面していて、公園の中にある。だから日常や生活と関連性のあるものをコンセプトに据えるべきだと思い至りました。

こういう考えを共有できるディレクターたちと一緒に仕事ができるとよいなと考え、佐藤 卓さんと深澤直人さんにお話をもちかけました。日本には優秀な方がたくさんいらっしゃいますが、幅広い分野でデザインの面白い仕事をしているということでおふたりに声をかけました。そして、川上さんは非常に愛情をもってデザインを見ていらっしゃるので、アソシエイトとして我々のサポートをお願いしました。

建築設計者の安藤さんにもずいぶん注文を出したのですが、周りの人から、安藤さんはデザイナーのいうことなんて聞かないよって言われて(笑)。まあ、そんなこんなでできあがったのが21_21 DESIGN SIGHTという場所です。

もうひとつ付け加えますと、建物ができあがっていく過程を見ていると、プロセスってすごく面白いなと。だから、我々もプロセスを大切にしようと。佐藤さんと深澤さんからも、美術館のように完成されたものをもってきて展示するのではなく、プロセスを見せる場にしませんかという話がでてきた。普通ならば隠したいところをどんどん見せるという。

さらに、我々ディレクターはデザインをやっている立場なので、デザインを中心におきながら、もっと自由に外を見ることができる視点をもつということを原則としました。
21_21 という名称も、そこが端緒になっています。パーフェクトサイト(20/20)に1プラスで21という名前になったというわけです。

vol.1 21_21ができるまで
vol.2 独自のアプローチを試みた企画展
vol.3 vol.3 21_21における「考える」「つくる」ということ

特別企画 「安藤忠雄 2006年の現場 悪戦苦闘」

21_21 DESIGN SIGHT 建築についての安藤忠雄のことばから

...かつて、ポール・ヴァレリイとポール・クローデルが対話し、「世界中の民族の中で滅びては困る民族がいるとしたらそれは日本人だ」と言ったことがあります。私はそれを、日本人の固有の美意識を滅ぼしてはならないということだと解釈しています。美意識には、たとえば責任感とか正義感といったものも含まれます。なかでも人や自然に対する礼儀、生きていくことへの礼儀。あるいは、ものをしっかりと見つめることもそうでしょう。

ところが、1960年代に高度成長期を迎えると、お金が儲かればいい、お金があれば豊かになれるという考えが主流になり、かつての美意識はどこかに消えてしまった。東京の街を見ればわかります。美しさを求めた景観ではありません。経済効率を優先した結果ですよ。
かつてイサムノグチさんとお会いした時、「ニッポンの美意識を取り戻さなければならない」と言われていました。
私と三宅一生さんとのつきあいは、35年くらいになるでしょうか。
「デザインという美意識の中に賭けている」と言っていた田中一光さんと3人で、いつかデザイン・ミュージアムを作ろうと話をしていた、そういった経験が、今に繋がっているという思いもあります。

日本が持つべき顔とは、美意識のある国としての顔ではないか。これを実現するために21_21 DESIGN SIGHTという考え方が必要だと思っています。

...経済効率一辺倒で無計画につくられた日本の都市へのアンチテーゼとして。もっと都市を美しくという意識をもって、私はこの21_21 DESIGN SIGHTに参加しています。

展覧会ポスター

21_21放談 vol.4 三宅一生×佐藤 卓×深澤直人×川上典李子 「オープン直前の21_21 DESIGN SIGHTで語るデザインの未来」 後編

21_21 DEISGN SIGHTは5感を使って「見る」場所


佐藤
普通、デザインの場合はメディアが規定されてからスタートするじゃないですか。でも21_21ではスタート地点がまったく違う。どこへ落とし込むかは自由なんです。そういうアプローチの仕方は普段していないことだと思うのです。だから脳がすごく活性化されるというのはあります。
深澤
やっぱりデザイナーって、あるお題を与えられたところで発想していくというトレーニングばかりをしているので、いざ、自発的にやってみようとしてもなかなか簡単にはできない。一方でアーティストというのは自発的に発想する、自分の目でものを見るということを常にトレーニングしている。
三宅
そういういろいろな人たちが一緒になってワークショップをすることで対話が生まれ、葛藤が生まれる。それが意外な才能の発見につながるのだと思います。
川上
「チョコレート」は、参加者のワークショップの積み重ねによって展覧会がつくられているわけですが、工業デザインからファッション、広告、グラフィック、メディアアートなど、通常であれば一堂に集まることはまれな、さまざまなジャンルの人びとによるワークショプとなっているのも特色です。発想の展開から素材の具体的な扱いまで、ほかの参加者から大きな刺激を受けているという声も聞かれ、お互いの交流や意見交換も、ますます活発になっていますね。
深澤
展覧会をやるときには、何がここに足を運んでくれる人たちの喜びになるのかということを考えないわけにはいきません。「チョコレート」でやろうとしていることも結局はそこです。で、私なりに考えますと、21_21というのはまったく未知の場でどんなイベントをやっているのかも想像がつかない。もちろん「チョコレート」と言われても、さっぱりわからない。展覧会にやってくる人はそのような場に放り出されるわけです。そうすると、おそらく目の前に展開されている状況を自分なりに一生懸命理解しよう、解釈しようと脳が動き出す。それはコンピュータが高速で回転するような感じです。それがある歯車とカチッとはまってくれたらその瞬間に全部理解できるんだけど、まったくかみ合わないという状態ができたときに、人は「なんなんだ、なんなんだ?」と探り続ける。

できれば「チョコレート」展では、この「なんなんだ?」の連続の果てに、カコンと歯車にはまる瞬間がくるようにしたいですね。最初から簡単にその人の論理でわかってしまうものはつまらない。もしかすると人によってはその歯車にはまらないかもしれないし、ある人はスコーン!とはまるかもしれない。そのはまる瞬間が自分の新しい感触だから、ものすごくインパクトのある気づきになる。それを「チョコレート」だけではなく、次の企画展でもやっていく。

デザインとアートを比較したとき、それらが見せている発想や表現がどこまでロジックに落とせるか、落とせないかというところがアートとデザインの分かれ目になっているのではないかなと思ったりもします。もっといえば、受け手のとまどわせ方に違いがある。いつかはだれもが必ず理解できるようなヒントを作品に与えておくか、ある種の謎、わからなさを作品にとどめたままにしておくのかというところに両者の境目があると思います。そのきわどい境界を楽しむ場所が21_21であると考えています。簡単にはわからない、だからこそ今まで体験したことのない驚きや発見や感動がある。つまり新しいセンサーを立たせてくれるところ、それが21_21の魅力ではないでしょうか。
佐藤
僕たちは目の前にいろいろなものを見てますよね。一番重要なのは、目を閉じたときに、その自分の記憶の中に残っていくものっていうのがずっとあるわけですが、その方が自分との関係においては本質的で重要なのです。そこにこそリアリティがある。これからの時代は、目の前に見えているものを信じるのではなく、こうした記憶に深く根ざしているものを起点にする、大切にすることが新しい気づきにつながるのだと思います。
深澤
記憶を、脳に張り付いているものを呼び出して、ここにある現実を理解しようとするんだけど、それが繋がりにくいというところがあってところどころ迷う。それはある種とても高いレベルの欲求なんじゃないかと思います。これは意識して志していないと、脳の歯車がカチッとはまらないかもしれない。でも子供みたいな人だとスッと入ってきちゃったりする場合もある。
佐藤
人の感覚というのはものすごく豊かなもので、それは誰もが基本的にもっているものなのに、普段は意外と使われていない。もしくは気がつかない。
深澤
視覚(目)で情報を得るという経験が圧倒的に多いのが今の世の中。だけどほんとうは、ほかの4つのセンサー(聴覚、嗅覚、触覚、味覚)だって見るという行為に密接につながっている。21_21ではフィジカルな展示空間をつくることですべてのセンサーを稼働させ、今まで得られなかったものを得てもらいたいですね。
三宅
21_21では展覧会やプログラムそれぞれにおいてさまざまな試みを計画しているのですが、それらを実現させることによって、展覧会というもののあり方も変えられるのではないかなと思っています。オープン時の特別企画でも、会期の後半ではウィリアム・フォーサイスによるビデオインスタレーションが、安藤建築の見方を一変させてくれるでしょうし、夏休みには狂言、落語、1人芝居などを行なう。つまり、いろんな人が関わることで新しい状況をつくりだしていく。人間がいれば必ずいろいろなものがつきまとってくるものですからね。そうやって自分たちを未知の環境に投げ出していって、どうなるかみるのが面白いところではないかと思うのです。

2006年12月4日 東京ミッドタウン内、21_21 DESIGN SIGHTにて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/ナカサ&パートナーズ 吉村昌也

ディレクターズ


21_21 DESIGN SIGHTの建物は、エントランスを抜けて地下のギャラリーに達すると、外観からは思いもつかないダイナミックな空間が広がっています。ギャラリーは大小あわせて2つ。それを示すサインは照明によってコンクリートの壁面に映し出される、1と2の数字のみ。ギャラリーのほか、サンクンコートあり、秘密めいた通路ありの空間で3月30日から始まる、21_21 DESIGN SIGHTのプログラムにどうぞご期待ください。

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21_21放談 vol.4 三宅一生×佐藤 卓×深澤直人×川上典李子 「オープン直前の21_21 DESIGN SIGHTで語るデザインの未来」 前編

2006年12月、竣工間近の21_21 DESIGN SIGHT(以下、21_21)をディレクターが訪れ、ほぼ完成した建物を見学しました。実際の空間を見ながら行なわれた今回のディレクターズ放談は、意気高揚しつつも21_21およびデザインの核心に迫る内容となりました。


安藤建築の魅力は空間を体験することで見えてくる


深澤
建物を見ると、やはりインスパイアされますね。実際の空間の中に身をおくと、そこでしか出てこない発想というのが浮かんできます。すでに第1回企画展のプロジェクトはかなり具体的なところまで進行してきています。が、こうしてできあがった建物を前にして、はじめてそうの空間に事物をインストールすること、この場所でどのような展覧会をするのかということがリアリティを帯びてきますよね。
佐藤
安藤さんの建築って、まず外から見るじゃないですか、そうすると、小さめの量感で個性的なかたちをしている。でも、中に入ると外側からは想像できない空間が広がっている。図面や模型で見ていたときには、そのことがどんな感覚を我々に与えるのか、想像がつきませんでしたが。安藤建築は、内部を歩くと空間がどんどん変化していくので、その空間をどう活かしていくかということが問われるんじゃないかという気はします。触発されますよね、あの空間は。
深澤
たぶん21_21を訪れる人は、行なわれているイベントが目当てということもあるけれど、建築的な魅力を味わいたいという願望も抱いているでしょうから、両方を堪能できれば二重の喜びがある。そういう意味で21_21という場所は、安藤さんの建物の魅力とそこで展開されているコンテンツによって成立するのだと思います。両方を活かさなくてはならないというのは、面白い試みですね。
佐藤
今はまだがらんとしていて何もない空間ですが、21_21がスタートうすると、観客は展示物がおかれ状態の空間しか見られないということになります。いわゆる"素"の空間が、展覧会と展覧会を縫うようなタイミングで見られるようなプログラムを計画するのもよいですね。というのは、何もない空間を見るといろんな発想や感覚が得られると思うのです。
深澤
オープン時に行なう特別企画「安藤忠雄/2006年の現場 悪戦苦闘」がまさにそれですよね。
三宅
安藤さんはもともと建物を"素"、ヌードで見せたい人ですからね。そういうことができる建物はあまり多くない。安藤さんの建築は、ちょっと動いただけでほんとうに見え方が違う。それから外部に対する配慮もある。特別企画ではすべての空間を素の状態で見せるわけではなく、模型建設過程の写真などを展示して、完成までのプロセスも紹介します。
川上
展示スペース以外の空間も面白いですよね。階段のまわりなど。それがうまく見せられるとたしかに良いですね。以前、安藤さんが"豊かな余白"について何かでおっしゃっていたことがあります。日本の美術や書道同様、建築や都市にも"余白の可能性"というのがすごくあるんだよと。そうしたスペースは、使う側としては大変に触発されます。もっとも、展覧会があるときというのはそれこそ建物のすみずみまで使ってイベントをしたり設置をしてしまうかもしれないけれども、展示スペース以外のところも含めて何もない状態を見ていただける機会があると良いですよね。
三宅
企画のアイディアが上手くいかないときはそれでいこうか。

 (一同爆笑)

佐藤
安藤建築は、やっぱり挑戦的ですよ。結果がわかりきっているものはやらない。問題提起をして「どうだ」というようなところがある。あなたはここでどんな体験をしますか、という問題を常に投げかけているのだと思います。
三宅
この21_21 DESIGN SIGHTの建物は遊歩道にすぐ面しているんですよね。直島の美術館やホテルにしても、村に面していたり、風景や水に面していたりする。だから僕は、安藤さんの建物そのものに加えて、建築の中から見る風景とか、建物に上がって見る外の景色というのにいつも感動するんですよ。直島に行ったときも、「景色がいいですね」って言っちゃったんです(笑)。僕は、安藤さんはずいぶん変わったなあと思います。もちろん、住吉の長屋のころからそこに生きる人びとや生活者の視点であることは変わらない。最近はさらに発展して、植物の緑を使って安藤忠雄の建築をずっと街に広げていくような発想が出てきている。表参道ヒルズも低層建築ですが、屋上に上ると街路樹の緑とつながっています。ああいう視点をもてる人はなかなかいないと思います。
深澤
圧倒的に体験的な空間ですよね。オブジェクトじゃない。
川上
特別企画の後には、深澤直人ディレクションによる第1回企画展「チョコレート」が開催されます。
深澤
チョコレートというテーマを発表したあと、何人かが「チョコレート!?」っていうリアクションを返してきました。このような「いったい、なんなんだろう?」という感じをある程度来場者側に抱かせつつ展覧会をスタートするのは悪くないですね。

ただ誤解されないように気をつけなければいけないのは、ここではあくまでも私たち人間が日常の世界をどう捉えているかということを見せていくのが主眼であって、チョコレートのデザインを披露するわけではないということです。チョコレートは21_21の視点を見せるためのきっかけのことばにすぎないので、ふたを開けたらいろいろなものがでてくるはずです。

実際、さまざまな作品ができあがりつつあるのですが、それらを見ていると、かなり楽しめるものになるのではないかと思います。4月から始まる展覧会にぜひ足をお運びくださいと言いたいですね。「チョコレートを通して世界を見るっていうのはこういうことなのか」という感じが、そこで初めてわかっていただけるのではないかと思います。
佐藤
「チョコレートSight」ということですね。

放談vol.4 後編へつづく

プレオープンイベント 21_21 DESIGN SIGHT Talks

11月8日、9日、六本木のアクシスギャラリーで開催されたプレオープン・イベント [21_21 DESIGN SIGHT Talks]。両日とも熱心な聞き手の方々に恵まれ、会場での質問の内容からも、デザインへの、そして21_21 DESIGN SIGHTへの関心の高さを実感しました。
参考記事「21_21 DESIGN SIGHT の現在をお伝えするプレオープン・イベントを開催します」


Talk 1 「Designing 21_21 DESIGN SIGHT ー デザイン施設のデザインを考える」


11月8日のTalk 1 「Designing 21_21 DESIGN SIGHT ー デザイン施設のデザインを考える」では、始めにモデレーターの川上典李子(21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター)が21_21の概要を紹介。スピーカーの佐藤 卓(21_21 DESIGN SIGHT ディレクター)が、宮崎光弘(アートディレクター、(株)アクシス)、トム・ヴィンセント(インターネットディレクター、(株)イメージソース)と協働しているヴィジュアルコミュニケーションについて紹介しました。


佐藤
ロゴマークは、名前はもちろんこれが「場」であること、そしてデザインのサイト(視力)であることを知らせなければいけません。
21_21は、住所表記にも見えます。電信柱やブロック塀についている番地プレートのようにすれば、「場」というものが連想できるのではないかと考えました。そして、21_21の幅を人間の目の幅と同じにすれば、「視力」ということを表せる と思ったのです。そしてそのように大きさが想定されるものであるならば、これはグラフィックではなく、プロダクトであるべきだと思いました。プロダクト・ロゴとして展開し、これをシンボルとして考えることにしたのです。
実はこれは一枚の板からできています。三宅一生さんが服づくりのなかで追求した「一枚の布」というコンセプトを、安藤忠雄さんは建築の一枚の鉄板の屋根に落とし込まれたのですが、このシンボルもコンセプトを継承しています。シンボルから展開した名刺、レターヘッド、封筒といったアプリケーションにも、一枚の紙からできているという考え方を落とし込んでいます。
宮崎
広告用の印刷物やサイン計画を手がけました。ミラノ・サローネで配布するためのカードのヴィジュアル・イメージをスタディしているときに、何でもない日常の風景の中に、このプロダクト・ロゴを置いて撮影してみました。その写真は自分でも"なんだろう?"と思う不思議な魅力を持っていました。それで、そのよくわからない面白さを、そのままヴィジュアルに使えないかと考えたわけです。結果的には、プロダクト・ロゴがあることによって、写っている場所やモノなどと、デザインの関係を考えるきっかけとなるヴィジュアルになったと思います。
トム
ウェブサイトのディレクションを担当しています。21_21のサイトではあえてなにかスゴイことをやる必要はない、シンプルに伝えていこうという方向性で進めています。コンテンツのひとつとして、このシンボルをEPSデータでダウンロードできるようにしました。ほとんどの企業のロゴとは反対に、誰もが自由に触れるシンボルって面白いじゃないです。フリッカーで作品を紹介することもできるようにして、いろいろな人が日常のなかで21_21と出会うことができれば、と考えたのです。

担当は決まっているものの、基本的にはお互いに意見交換しながらプロジェクトは進められています。それぞれが初公開の映像やプレゼンテーション資料を惜しげなく公開して、これまでのプロセスを説明しました。



Talk 2 「深澤直人 × 鈴木康広 × 高井 薫 デザインの視点」


11月9日のTalk 2 「深澤直人 × 鈴木康広 × 高井 薫 デザインの視点」では、第1回企画展をディレクションする深澤直人(21_21 DESIGN SIGHT ディレクター)と、参加作家の鈴木康広(アーティスト、東京大学先端科学技術研究センター)と高井 薫(アートディレクター、(株)サン・アド)がスピーカー。前半は鈴木・高井がそれぞれの作品を映像とともに紹介しました。
その後、深澤が「どんな風にものを考えているのか、世界をどんな視点で見ているのか」と、ふたちの若いクリエイターに切り込んでいきます。


深澤
僕にとってアイデアを得ることというのは、何もないところから浮かび上がるのではなくて、すでにそこにあったものにある時ぶつかるような感じ。おふたりはそんな感じはないですか?
鈴木
大学生の頃に、それまでのさまざまなことを振り返るもう一人の自分みたいなものがメキメキと現れるとを感じたことがあります。その頃からだんだん創作の喜びや楽しさを強く感じるようになったような気がします。
高井
アイデアを思いつく時って、私の場合は、たとえばクライアントから投げられた課題を突破するところは、本当に小さい点でしかないんです。その1点、そこにしか答えがない、という感じでものを考えるんですね。ひらめくっていうよりも、やらなきゃならない、こなさなきゃならない。そこに答えがある。それを見つけて、さらに私自身との接点を見つける作業をするということです。
深澤
若い頃の僕は、発想の訓練を意識していませんでした。でも、デザインを始めて15年も経った時に、ふっと変わる瞬間があったんです。それはまるで、蝉がサナギから抜け出した後に、自分の出てきた穴の輪郭を見るような感じだった。僕は、その「抜け出した」感じをすごく実感しているんだけれど、おふたりの場合は、最初から、現前するリアリティが見えているような気がするんです。どうですか?
鈴木
難しい質問ですね。僕は本当に普通に工作が好き、作ったものを人に見せた時のその瞬間が好きなんです。そこに関しては、キャリアが長いと思っています。大学で学んだ事も重要ですけど、小さい時からその瞬間を積み重ねてきたって気づいた時に、とても楽になったんです。今、こうしてプレゼンテーションをして感じる楽しさにつながっていると思います。
高井
私のキャリアは15年くらいですが、今やっている発想の仕方みたいなものに確信を持つようになったのは、ここ5年くらいかなと思います。でも昔から、人がやっているものを見て、私だったらこうやるかな、という風に考えてはいました。そうじゃなくて、こうやったら楽しいよね?っていう感じに。ところで深澤さんは、私たちふたりの仕事について、どんな感想を持たれましたか?
深澤
共通して感じるのは、気負いのなさ。ふたりの作品からは作り手のエゴをまったく感じない。とてもスムーズに人の心に入ってくる感じ。コミュニケーション重要な秘密をつかんでいるというか。ふたりとも、毎日ゆっくり眠って、起きるとまたアイデアが膨らんでいるんじゃないかなと思わせるところがあるのに、淡々としているから凄いと思うんです。
鈴木
アイデア出すの、けっこう大変なんですけど(会場、爆笑)。

クリエイター同士ならではのやりとりに会場が沸いたトークは、質疑応答で締めくくられました。



構成/カワイイファクトリー
撮影/ナカサ&パートナーズ 吉村昌也

(21_21 DESIGN SIGHT 広報・財団法人 三宅一生デザイン文化財団)

21_21 DESIGN SIGHT ディレクターズ、東京と京都でおおいに語る

先月、21_21 DESIGN SIGHT(以下、21_21)の催しが東京と京都で開催されました。
六本木・アクシスギャラリーのご協力で実現したプレオープン企画 [ 21_21 DESIGN SIGHT Talks ] と、国立京都国際会館におけるパネル討論 [ 21_21 DESIGN SIGHT ディレクターズ・トーク ] です。
催しには三宅一生・佐藤 卓・深澤直人の3ディレクターらが参加し、施設の話はもちろん、デザイン全体における視点や可能性について発言しました。それぞれの会場には多くの聴講者の方々が足を運び、21_21のコンセプトに耳を傾けてくださいました。
このウェブサイトでそれらの一部をお伝えします。



レポート1:パネル討論 [ 21_21 DESIGN SIGHT ディレクターズ・トーク ]
2006年11月12日 国立京都国際会館(京都・左京区)
>詳細

レポート2:プレオープン企画 [ 21_21 DESIGN SIGHT Talks ]
Talk 1 「Designing 21_21 DESIGN SIGHT ー デザイン施設のデザインを考える」
Talk 2 「深澤直人 × 鈴木康広 × 高井 薫 デザインの視点」
2006年11月9日・10日 アクシスギャラリー(東京・六本木)
>詳細

パネル討論 [ 21_21 DESIGN SIGHT ディレクターズ・トーク ]

去る11月12日、京都の宝ヶ池ほとりにある国立京都国際会館において、パネル討論 [ 21_21 DESIGN SIGHT ディレクターズ・トーク ]が実施されました。
この催しは、第22回京都賞(財団法人 稲盛財団主催)を受賞した三宅一生の記念ワークショップ『デザイン、テクノロジー、そして伝統』の一環として行われました。

ワークショップ前半は、三宅が30年余にわたる衣服デザイナーとしての仕事を紹介。山口小夜子ほか数名のモデルによる代表作を着用してのデモンストレーションや映像などが披露されました。その後、彼の最新の活動を伝えるものとしてディレクターズ・トークが行われました。

本題のパネル討論は、京都賞 思想・芸術部門審査委員長で美術史家の高階秀爾が座長を務め、21_21 DESIGN SIGHTを設計した建築家で、第13回京都賞受賞者でもある安藤忠雄、当施設のディレクターである佐藤 卓と深澤直人、同じくアソシエイトディレクターの川上典李子らがパネリストとして登場。21_21とのかかわりについて説明したあと、座長の質問に答えるという形式で進行しました。
21_21に関する主な発言を紹介します。



三宅一生
デザインにかかわる場所をつくりたいという気持ちはかなり昔からありました。1970年代の初めに、グラフィックデザイナーの田中一光さん、そして隣にいらっしゃる安藤忠雄さんと京都で会って、何か一緒にやりましょうと話したことがそもそもの始まりです。

2003年に『造ろうデザインミュージアム』という記事を新聞に寄稿しましたら、大きな反響がありまして、三井不動産さんからのご提案や多くの方々のご協力があり、東京ミッドタウンにデザインの施設が誕生することになりました。

とはいえ、私たちの施設はアーカイヴを持ちませんので、ミュージアムとは呼べません。デザインにかかわるさまざまな展示や催しをするなどの活動を通して、日本の伝統と美意識、そして新しいテクノロジーを繋ぐ場所でありたいと考えています。私たちと若い人たちと、一緒に未来をつくっていく、そんな拠点になりたいと考えています。
安藤忠雄
今回の建築は、三宅さんの「一枚の布」に対応する「一枚の鉄板」ということで考えました。50メートルもの一枚の鉄板が屋根となります。高度な技術を要するものですが、現場の職人たちが作り上げました。現場の人たちの気迫、ものをつくる強い思いが実現へ導いてくれました。

設計するにあたって、この混迷する時代に、もひとつの日本の顔をつくる、日常の生活に欠かせないデザインの可能性を示す、そんな建築を心がけました。その私の思いと、日本人の高い技術力と気迫を、オープン時の特別企画ではお見せしたいと考えています。そして、この建物が、ここを訪れる人びとにとって、それぞれの可能性を見つける場所になればと願っています。
佐藤 卓
21_21 DESIGN SIGHTに参加することになり、最初にシンボルマークを考えることになりました。私が提案したのは、一枚の鉄板でできたシンボルマーク。ただ「21_21」という数字と記号だけのものです。これをプレートにすることで持ち運べるロゴ、というアイデアを思いつきました。シンボルマークは通常、平面が基本になりますが、プレートというプロダクトにすることで、どこへでも持ち運べるものになるわけです。そしてこのプレートを「デザイン」のアイコンとして捉えてみると、世界中でこのプレートを使ってあらゆるものに「デザイン」という投げかけをすることができます。

このシンボルマークは、一見すると番地を示すプレートに見えます。なんの変哲もない、どこにでもある普通のイメージです。このことは21_21 DESIGN SIGHTのテーマのひとつ「日常」と密接につながっています。日常には、実はたくさんの可能性が潜んでいます。その日常に潜むあらゆる可能性を、ひとつひとつデザインという行為によって引き出すこと。

デザインの可能性は、特別なところにあるのではなく、ごく日常の中にあります。今後21_21 DESIGN SIGHTは多くの人が関わって、デザインの可能性を探る場になると思います。今でも、そしてこれからも、常にデザインの可能性は、実はふつうの日常に問い掛けることから始まると考えています。
深澤直人
21_21 DESIGN SIGHTって何をするところなの?とよく聞かれます。僕は「目からウロコを落とすようなところ」ではないかと思っているのです。第1回企画展のディレクションを担当しているのですが、ここでそのテーマを発表します。「Chocolate」。「10人のうち9人はチョコレート好き。そして10人目は嘘をついている。」とアメリカの漫画家、ジョン・G. トゥリアスは言っています。

チョコレートは、誰もが親しみを持って受け入れている不思議な食べ物と言えると思います。いや、食べ物という存在を超えて、生活のいたるところに顔を出してきます。その、既に共有されている感覚を通して世界を捉えるとどうなるか、それが今回の展覧会の試みです。チョコレートを通して世界を見ていく、ということです。

環境と人間との関係を探っていくと、かならずデザインの視点が存在していますので、そこを探求したいのです。もちろん、チョコレートそのものの作品も登場しますが、それだけではありません。参加作家たちとワークショップを行なってさまざまな可能性を考えていますので、なかなかユニークな試みになると思います。ご期待ください。
川上典李子
21_21 DESIGN SIGHTをどのようにつくっていくか、その方法論から始まり、本当に手探りのスタートでした。三宅さんとミーティングを繰り返してきて、印象に残っていることはふたつあります。ひとつは「プロセスを大切に」ということ。ふたつ目 「楽しくやりましょう」ということです。私たちがまず楽しむことで、多くの人に参加してもらえる生き生きとした環境をつくれるのだ、と。これまでやってきた、さまざまな工場見学ですとか、ミーティング、合宿、ワークショップ、建築現場の見学、ウェブサイトの運営など、すべてにおいてそのふたつは通低してきたと感じています。

21_21 DESIGN SIGHTは年2回、長期の企画展と、その間のさまざまなジャンルを横断するようなアクティヴィティを行なっていくことが決まっていますが、これからも、この2つを大切にしながら進んでいきたいと考えております。そうすることによって、さまざまな方に参加していただけるデザインの実験の場、デザインを考える場をつくりたいと思います。


--このほか、京都でも21_21が何かできないだろうか、デザインって一体なんだろうか、子供も大人もわいわい言って楽しめる場所にしたいなど、それぞれの立場から21_21に対する思いや夢が語られました。



(21_21 DESIGN SIGHT 広報・財団法人 三宅一生デザイン文化財団)

21_21放談 vol.3 三宅一生×深澤直人 「地上333メートルから見えてくる、東京、デザイン・ものづくり」 後編

感動が生む"ものづくりパワー"


三宅
国内をあちこち旅行して思うのですが、日本には素晴らしい自然があって、人にもぎりぎりのところでまだ優しさが残っている。まだまだ捨てたものじゃない。ですから、ものづくりをはじめとして、なにかやる場合でも、力いっぱい取り組めば、きっと次の世代で面白い人やすごい才能がでてくるんじゃないかと、ポジティブに肯定的にとらえています。
僕は21_21 をはじめてから、感動する力が蘇ってきたという気がしています。素晴らしい人たちの意見を聞いたり、作品を見たりすると、ほんとうに感動・感激・感心なのです。全部"感"がつくんだけれど、自然にね、ぴょんと飛んでるんですよ、自分自身が。だから、これは面白いなと自分でまた感心している(笑)。つきあう人達も年齢はさまざまですし、上下関係もなくなっている。そして、一日の終わりが嬉しいんですね。だからぼくは皆さんに感謝しなくてはいけないのです。
こうした体験を通して思うのは、デザインなりなにかをするということの原点には、かならず本人が楽しむ、面白がるといった感覚があるということです。そうしてみると、ちょっと日本でいま心配なのは、みんながつくること、工夫することを忘れてしまっていることですね。だからこそ、われわれはつくることの面白さを伝えていく必要があるかなと考えています。
深澤
そうですね。
東京タワー
写真左:大展望台より正面の東京ミッドタウン方向を眺める。
写真右:東京タワー外観。放送局の電波塔を一本化する構想で建設された総合電波塔。約4000トンの鋼材が使われ、鳶職人の手作業により、15か月という早さで完成しました。


三宅
だれでもつくりたい気持ちはもっているんです。みんな、なにかを表現できるはずなんです。だけど実際には職人さんなどは後継者問題に悩んでいたりする。僕が取り組んできた服づくりの世界では、最近は若い人たちがどんどん入ってきていて、少し状況が変わりつつあります。そうすると今度は、だれが評価するのかという問題が出てくる。やはり評価してくれないと困るわけですから。そのときに世界が必要なのです。日本のやることは面白いね、ちがうね、と言われるようにしなくてはならない。その評価が創作のエネルギーになっていく。そうした連鎖を引き起こす場所や仕組みは必要だと思います。
深澤
おっしゃるとおり、つくるということがだんだんと自分の国ではできなくなっていて、中国をはじめとするアジア圏に移りつつあります。一方で、この30年間、日本を支えてきたのは企業でありブランドだったわけで、デザインの力もそこに注がれていた。デザインはあまりにも都市や公共の財産に活かされてこなかった。こうしてみるとやはり、これからはつくりたいという意欲をもっと公共に広げるべきだと思います。そうすれば、都市環境も文化的な意識もあっという間に好転していくのではないでしょうか。
すき間の発見、見えない東京
三宅
才能ある人はたくさんいるのに、その才能を企業やシステムの中に組み込んでいるだけで、活かすという考え方が最初にない場合が多いですよね。企業体で活動していて思うのは、この才能をどう活かそうか、ということがやっぱり一番大切だなと。今は工夫の時代、まさにデザインの時代が新しく始まろうとしているときです。そう考えてみると、かなりのことができそうな気がします。だからちょっと面白い時代だなあと。才能のある人たちが育つような環境をつくれればと思っています。
深澤
今の日本の若い人たち、力を温存しているというか、自信があるといいながら、実際にクリエイションがはじまるとなんとなく最後をぼかしてしまっているようなところがある。ガツンとつかんだという感触を相手にぶつけるということはなくて、どことなく不安定さが残っている。だから不安定さを取り払い、安定する力を引き出してやるような場が必要だと思う。21_21 は、ブランドを伸ばすとか、ある枠組みの中でなにかをサポートしてもらうというよりは、ほんとにいいものが抽出できる場所になるのだと思うんです。
三宅
ある意味、21_21は実験場でもあるということですね。
深澤
そう。人には元来その人固有の創造性が備わっていると思います。が、ちょっと自信がないというのが今の日本人ではないでしょうか。自信がないがためにちょっと空威張りしているというか。
三宅
そうですね。それともうひとつは、ちょっと遊んでないかな(笑)。
深澤
そうかもしれません。やっぱり、どこか一緒に笑ってない。不安だからでしょうね。
三宅
デザインというかものづくりは、相手が喜んでくれるなり、楽しませてくれるなりしないとつまらないと思うのですね。あるいは、逆にわれわれがよく考えなきゃいけないのは「あ、こういうすき間があったよ」っていう、すき間の発見といいますかね。これが面白いんです。人に伝わっていくには時間がかかりますが。
深澤
その余裕がないかもしれない。
三宅
余裕がない。だけどね、本来もたないといけないものではないでしょうか。僕は今日、東京タワーに上って東京の街をみていたら、高さもバラバラなビルがほんとうに不規則に林立していることに驚きました。パリの街並はどこまでも建物の高さが一緒なんですよ。一度だけ失敗したのはモンパルナスに建てたタワービル。それがパリ市民に不評で、以後高層ビルを建てていない。都市計画がきちんとあるんですね。
深澤
都市計画に高いビルがなかったら、ある意味ですごくリッチな感じがします。
三宅
でも、東京にもよい方法があるかもしれないですね。こうして高みから見ていると高層建築ばかりが目にはいるけれど、かえって見えないところ、都市のすき間というか、路地だとか、低い建物への興味をそそります。秘密めいていいですね。だんだん「見えない東京」が気になってきました。


2006年10月23日 東京タワー 展望カフェ「カフェ・ラ・トゥール」にて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/五十風一晴

三宅・深澤のプリクラ写真


上の写真は収録後に敢行した、三宅・深澤、両ディレクターによるプリクラ。あいにく収録日は雨でしたが、大展望台にあるプリクラでは、青空にそびえる東京タワーをバックにした写真を撮ることができました。さらに2人は地上145mから下を見下ろすルックダウンウインドウ(写真トップ参照)を体験したりと、つかの間ではありましたが観光気分を楽しみました。 東京タワーは高さ333メートル。エッフェル塔よりも13メートル高く、自立鉄塔としては世界一の高さを誇ります。
http://www.tokyotower.co.jp

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21_21放談 vol.3 三宅一生×深澤直人 「地上333メートルから見えてくる、東京、デザイン・ものづくり」 前編

21_21 Image Photo


21_21 DESIGN SIGHT ディレクターによる放談シリーズ、第3回目をお届けします。三宅一生と深澤直人が、東京タワーの大展望台から東京の街を眺めながら、都市、文化、デザインについて対話します。

エッフェル塔と東京タワー


三宅
東京タワーに昇るのは、実ははじめてなんです。長年東京に暮らしていて、近くまでは来るんだけど、なんか照れくさいっていうかね。
深澤
僕は今回で2回目位です。あんまり来ないですよね。
三宅
そうですね。高いところに上がるということなら、高層ビルと同じだろうと思っちゃって、意外と来ないものですね。
深澤
東京タワー、どんな感じですか。僕はノスタルジックな感じがしますけど。あとは、なんていうのかな、非日常的な東京というかね。
三宅
たしかにね。僕の場合、高いところに昇りたくなるのは、日本にいたくない、でも外国に行くのはいや、という時(笑)。そういう気分になると、東京の高層ビルの上の方に昇ったりします。
東京タワー
写真左:展望台から東方向を見下ろす。増上寺が見える。
写真右:展望解説ボードを見る深澤(左)と三宅(右)。ボードには東京の景観説明や建物の説明などがタッチパネル形式であらわれる。


深澤
東京タワーができたばかりのころって、ご存知ですか。
三宅
僕は高校の時に上京したんだけど、そのときはちょうど建設中だったのかな。このタワーは1958年にできているんですよね。
深澤
58年ですか。僕が生まれてすぐだな。
三宅
その当時は、パリのエッフェル塔のような高い鉄塔が建ったんだということで、もの凄く話題になっていました。こうして上ってみると、エッフェル塔とはずいぶんと趣が違いますが。
深澤
パリのエッフェル塔を参考にしたのは確かでしょうね。
三宅
そうですね。やっぱり、日本の文化そのものが元来、どこかから発想を引っぱってきているというところがありますよね。最近の例ですと、自由の女神をお台場にもってきたりとかね。
深澤
外来文化の歴史が長いから、日本人にはそういう発想がしみついているのかもしれませんね。とはいえ、やはり公共のものとなると、個人資本でつくるにせよよく考えないと、とんでもない問題になります。
公共にひらかれた建造物が良いものになれば、住む環境も文化的に高まるような気がします。けれども、回りをみてみますと、どうも日本は遅れをとっているような感じがしないでもない。三宅さんご自身は、21_21 DESIGN SIGHT(以下、21_21)を立ち上げる際に、そういった東京の街への影響をどのように考えていらしたんですか。
三宅
日本では欧米に比べると、とりたてて文化がどうとか、美がどうとかはあまり言いません。そもそも文化や美というのは日本人にとってはいわずもがなというか、暗黙の了解の上に成り立っていたものだと思うのです。戦後は、社会がどんどん制度化され、高度成長などもあって、文化や美は時代に応じて都合のいいように解釈されて現在に至っているという気がします。だから、21_21ができることで、われわれだけでなく、みんながそういったこと、つまり文化や美の今と昔の違いなどに意識的になれるとしたらいいなと思いますね。
東京らしさ、イコール、ローカル?インターナショナル?


深澤
日本が鎖国していた時代について考えてみると、国自体で完結しようという、その知恵みたいなものはかなり発達していたんでしょうね。自分なりに思うのですが、都市や文化やデザインをはじめ、いろいろな考え方というのは、非常に高いレベルで完成していたような気がします。それが文明開化の波にさらされたり、戦争があったり近代化が促進するうちに崩れてしまい、カオスになった。今また、当初の完成された地点に戻ろうとしているんだろうけど、かなり難しいと思います。
三宅
そうですね。日本人が戦後の荒廃から立ち直るために、オリンピックやら万博やら、いろいろなことをやってきて今に至ったのだと思うけれども、やっぱり、どこかちぐはぐです。日本独特の、なにか大切なものを失いつつあると思うんです。
21_21 は、生活を楽しむことにも、生きることにも、デザインはつながっているということを伝える場所になればいいなと思います。オブジェをつくったり、ものをつくったりというのは同時進行的におこなわれるけれども、それだけじゃないんだということです。広く社会のことなども考えていけるといいですね。
深澤
外国で仕事をしていると感じるのですが、いま世界中が均一化してきている気がします。単純に考えると、僕らがパリに行けばパリらしくあってほしいし、ミラノに行けばミラノらしくあってほしい。逆に外国の方が日本に来れば日本らしくあってほしいって思うんじゃないでしょうか。けれども実際は、日本に住む人たちは逆を望んでいる。日本はパリらしくミラノらしくニューヨークらしいみたいな(笑)。インターナショナル化するということを誤解しているような気がするんです。僕自身は、もっとローカルな魅力みたいなものをつくっていければいいと思うのです。最近、外国の仕事が増えれば増えるほど感じるのですが、いわゆる京都・奈良的な日本というだけの解釈ではなく、東京なら東京らしさみたいなものをもっと考えていく必要があると思います。
三宅
僕なども、西洋的なというか、グローバライズされたものの対極にあるもの、日本的なものが面白いと思いますね。

放談vol.3 後編へつづく

21_21 DESIGN SIGHT の現在をお伝えするプレオープン・イベントを開催します

来春のオープンに向けて準備が進む21_21 DESIGN SIGHT (以下21_21)の現在は?
この秋開催するトークイベントの概要とあわせて、アソシエイトディレクターの川上典李子が語ります。


アソシエイトディレクターの役割

21_21では三宅一生、佐藤 卓、深澤直人の3人のディレクターが中心となって企画を進めていますが、そこにご一緒させていただいてリサーチをしたり、あるいは、デザインジャーナリストとしての経験をふまえて、ディレクターに問いかけや提案をさせていただくのも私のおもな仕事です。
いま、3人が定期的に集まるミーティングやそれぞれの企画別のミーティング、ワークショップなどがひんぱんに開かれているのですけれど、それぞれを結ぶ役割というか、全体の流れをつかみながら皆さんと一緒に考えている、という感じでしょうか。
21_21は美術館ではないし、ギャラリーでもありません。デザインというひとつの入口から社会や生活、文化などいろいろな事を考えていく、自由な活動の場にしたいと思っているんです。具体的には、来てくださる方になにかを感じ、考えていただくきっかけになる催しとして、独自の企画展を開催していきます。まずはちょっと長めの、3ヶ月間の会期の展覧会があり、さらに、それとは別のさまざまな企画を予定しています。いまは第1回の企画展の作品制作が大詰めの時期を迎えているので、その作業に関わる時間が増えてきました。

展覧会の新しいつくり方を探る

企画展は、3人のディレクターが交代で展覧会のディレクションを担当していきます。ゆくゆくは外部からゲストキュレーターを招く場合も出てくるでしょう。
第1回は深澤さんのディレクションです。詳しいことはまだ申しあげられないのですが、"身近で子どものころから親しんでいて、それを貰ったり、手にするとすごく嬉しい気持ちになる、あるもの"を題材にしています。私たちが日常的に接していて、多くの人が好きなもの、なんですが......。
参加作家はさまざまなジャンルのクリエイター、約30組にのぼりますが、ワークショップを開催し、ディスカッションをしながら、それぞれが作品を考えていくという方法をとっています。たとえば深澤さんがある問題を投げかけ、返ってきた反応にさらに変化球を投げるという、すごくライブな感じで進んでいますね。ディレクターである深澤さんの視点が反映されていますが、キュレーター主導の展覧会とはまったくことなる、展覧会の新しいつくり方を実践している感じなんです。
展覧会が開幕した後も大切だと考えています。企画展はそれぞれの題材に対する私たちの結論ではありません。皆で考えてきたことのひとつの投げかけとしての展示をきっかけに、わらに来場者の皆さんが何を感じてくれるのか。そこから広がっていく皆さんひとりひとりの視点もいかしていきたいと考えています。そのために、会期中の様々なアクティヴィティも計画しているところです。そんなふうにして、21_21をよりオープンな場所、ものをつくるエネルギーを感じていただける場所としてつくっていきたいと思っています。

川上典李子から見た3人のディレクター

深澤さんも佐藤さんも三宅さんも、ものすごくお忙しいなかで、21_21には本当に意欲的に取り組んでいらっしゃる。それはもう驚いてしまうくらいで。身近な生活を楽しんでいると同時に、飽くなき知的好奇心の持ち主というところが共通しています。そのうえで、それぞれの個性というものがあって。
たとえば佐藤さんは、やっぱりサーファーだ、と思うことがあるんです。ミーティングしていて、アンテナで何かをキャッチした瞬間に「おーっ!」って全身で入っていく感じがして、予測不可能な事態を怖がらないところが波乗りっぽい!(笑)。 深澤さんはわりと冷静だけれど、面白がり屋なんです。観察と発見の天才で。ニコニコしながら、鋭い変化球を投げてきたりもするんですよね。そうきましたか、なるほどなるほど、って、深澤さんとのキャッチボールはいつも刺激的。三宅さんはもう、何て言うのかしら、精神がすごく柔軟。行動も実に軽やかで、驚かされることがしばしばです。いろんなことを見ていらして、話していると「この展覧会、このコンサート、よかったですよね」なんて教えてくださって、いったいいつの間に......?!と思うほど(笑)。しかも話題は、アートやオペラの最新情報からお笑いの世界まで、ものすごく幅広い。
また、仕事をしていてしばしば感じるのが、3人ともとても人間的な魅力にあふれた方々だということ、素晴らしいユーモアの持ち主だということです。デザインというのはやはり社会でいかされるものであるし、人が使うものですから、ヒューマンな視点は不可欠だと思うのです。3人が仕掛け上手だったり、自身の作品の伝え方を常にあれこれ考えているのも、人を楽しませよう、生活をより楽しくしようという気持ちからなんですよね。自分たちが面白いことしかやらない人たちですから、21_21の活動については乞うご期待!って、自信をもって言えます。

プレオープン・イベントしとして11月に[21_21 DESIGN SIGHT Talk]という催しをおこないます。たとえば館内のサイン計画だったり、企画展を開催するのに至る過程であるとか、現在の途中経過をご紹介する機会になります。制作の舞台裏のようなものも当然出てくるでしょうし、動いているということ自体が21_21の重要な性格だということを、いらしてくださるとよくわかっていただけるのではないかと思っています。



2006年9月14 財団法人三宅一生 デザイン文化財団にて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/五十風一晴

21_21放談 vol.2 三宅一生×佐藤 卓 「現代ニッポン・コンビニ・考」後編

パリの市場、日本のコンビニ


三宅
若い頃にパリで暮らしていたことがあるんですが、パリではね、通りの広場に市場が立つんですよ。よく行きました。肉屋、八百屋や魚屋、花屋などいろいろな店が出る。それらのお店はね、パリ市内のいろんなところを回っているんです。小さなトラックで定期的に決まった場所にやってきて、何にもない広場にあっという間に台を設置してきれいに商品を並べる。時間がくると、またさっとかたづけて、跡形もなくまたもとの広場になる。その素早さが見事でしたね。
日本でも京都の錦だとか、金沢の近江市場とか、市場があって買い物をしますでしょう。そういうところにはコミュニケーションがありますよね。料理人も来るし、観光客も来る。もちろん、地元の人も。
佐藤
パリの市場でのコミュニケーションはどんな感じなんですか。
三宅
お店の人とお客さん、お客さん同士の2つがありますね。お店の人が今日はこれがあるよ、とか、今日は来るのが遅かったねと話しかけてくる。お客同士のコミュニケーションというのは、市場を歩いていると友だちに会うんですよ。とくに週末の市場ではね。こんにちわ、いま何やっているの? とか言って情報交換したり、今日うちに来いよ、とかね。そういう出会いがある。
佐藤
日本のコンビニって、お客さん同士が話すことはないし、働いているスタッフ、とくにアルバイトの方は短期間で変わってしまうから顔なじみになることもないですし、お店の人ともレジで会計を済ませたらそれ以上の会話もまずない。コミュニケーションという意味からするとまったく違う浸透のしかたであるといえますね。
三宅
そうですね。話しかけるのがはばかられるようなところがありますよね。
佐藤
コンビニでも毎回同じ人が対応していたり、扱っている商品にとても詳しかったりしますと、なにか会話が生まれそうな気がしますね。コンビニにこれから期待したいことではありますね。
これからのコンビニ


三宅
僕はコンビニでスポーツ紙を買うんです。キャッチフレーズが面白いのを直感的に選んで買うのが好きでね。写真も大きいし、面白いですよね。大げさな表現をしていますけど、見ていると元気が出てくるんです。
佐藤
スポーツ紙はグラフィック・デザインとしてかなりアヴァンギャルドなことをやっていますね。学校では習ったこともない、過激な、なかなか新鮮なことをやっていると感じます。
三宅
競争の激しい世界ですからね。朝の出勤の忙しい時間に、いくつも並んでいるなかから1紙を一瞬で取り上げるというのはね。買い物も秒単位で考えないといけない時代なんでしょうね。
佐藤
たぶんコンビニでも同じでしょうね。コンマ何秒かで目にとまるようなパッケージをどうするか、各商品がしのぎを削っている。
三宅
買う方も、頭の中でなにが欲しいかのイメージはあるんだと思うんです。それを速やかに見つける、というところがあるんじゃないかな。だから、ぱっと目について瞬時に買ってもらうような工夫が必要になるわけですね。
佐藤
広告、パッケージの世界では唾液を出させる要素のことをシズルというのですが、今日行ったコンビニは、デザインもそれほど過剰ではなくて、本当においしそうに見えました。一般的にコンビニというのは、唾液も出ないような、蛍光灯の光が強くて影もないような空間のなかですべてが記号化している。おにぎりが食べたいなと思って唾液を出して買うのではなくて、記号で買っている。それに対する反省として、食べるものはおいしくあるべきではないかという思いから、ナチュラルローソンなどが出てきているのではないでしょうか。
三宅
今日のお店はせせこましさがない。それから、おでんのにおいがしない。そのかわりにパンのにおいがする。どうしておでんを置かないんですかって聞いたら、うちはパンを焼いて出していますからということでした。いずれにせよ、日本にこれだけいろいろなコンビニができますとね、僕などは店のつくりがわかりやすそうなところに入ってしまいますね。
佐藤
コンビニ自体のデザインというのも、これからはもっと日本の風土から考えられてもいいでしょうね。やはり審美性といいますか、情報がきちんと整理されていてわかりやすく、いて気持ちがいい、つまり心地よい空間のデザインがなされていく方向もありではないでしょうか。
利益のあげられない商品はすぐに棚から下ろされてしまいますから、日本のコンビニの棚は世界で一番きびしい棚だと言えるんです。ものを育てていこうというメーカーや企業の思いは売り上げ優先のためにぜんぶ切り捨てられてしまう。そのことに対する問題提起というものはある。利益だけを優先していたらナチュラルローソンのような試みはなかったと思うので、そういうところは評価をしていかなければいけないですね。
三宅
今日は、日本人の感性がパッケージや店づくりにちゃんと生きていると思いましたね。
佐藤
よく見ると、日本ならではのデザインが身近にけっこうある。そういう目で見渡してみると、日常生活も面白いなと思いました。海外のコンビニと比べてみる機会もあるといいですね。デザインの違いも見えてくるような気がします。


2006年8月28日 ナチュラルローソン代々木公園西店
および財団法人 三宅一生デザイン文化財団にて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/五十風一晴

今回はナチュラルローソン代々木公園西店にご協力いただきました。お店の前にはガーデンチェアが並び、焼きたてのパンの香りがする新しいタイプのコンビニです。ローソンが5年前から東京都内と近畿圏で展開しているチェーンで、現在、約70店舗あるそうです。
http://natural.lawson.co.jp/

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21_21放談 vol.2 三宅一生×佐藤 卓 「現代ニッポン・コンビニ・考」前編

21_21 Image Photo


21_21 DESIGN SIGHT ディレクターによる放談、第2回をお届けします。今回は、いまやニッポンの日常に欠かせない存在となったコンビニエンス・ストア(以下コンビニ)に出かけ、買い物をして、生活のなかのデザインについて語り合いました。

自宅の延長にある店


佐藤
今の日本で、コンビニは生活のなかで重要な一部を占める存在になっています。ものを買うだけではなくて、銀行のATMや宅急便を使ったり、郵便ポストがあったり、税金を払ったり。ここまでくると、その存在を否定することは難しくなってきています。だから、コンビニについて、どうすればもっといい方向に向けられるかを考えることには意味があると思うんです。今日は美術館のように、デザイン館のように、コンビニを見学してきましたよね。普段はなかなか、これほどじっくり見ることはないと思うのですが、一生さんはどうでしたか。
三宅
若い人にとっては必要不可欠な場所になっていますよね。毎日コンビニに行くと言う人が90%くらいいる。何を買うの? と聞くと、朝はお茶や水、夜は明日の朝食べるものを買うということです。コンビニに行くことが完全に生活のリズムになっている。僕自身は毎日は行かないんですが、今回はこういう機会があったのでいろいろ行ってみました(笑)。
一般的なお店と比べると、コンビニはお客さんの要望や気持ちと向き合って商品を薦めるということではないですね。お客さん自身がなにが欲しいかがわかっているからそういう必要はない。今日行った「ナチュラルローソン」は、お客さんが自由に品定めできるようにいろんな工夫、見せる工夫をちゃんとしていたように思いました。お客さんの気持ちをよく読んでますね。たとえば、相手がどんな人でどのくらいの分量を求めているのか、ということを見極めたうえでの商品陳列がなされている。だから、商品がどんなことをこちらに訴えているかを見るのが楽しく感じられました。
佐藤
考えてみますと、都市型の生活をしている人というのは狭いところに住んでいて、家賃も高い。そうすると、家のなかにいろいろなものを大量には貯蔵できないので、必要なものをそのつど、手に入れる。つまり、コンビニがある意味では自宅の一部化しているというような気がします。たとえば家で雑誌を読むのではなく、コンビニの棚で読む。そういう意味で、暮らしが変わってきている。そのことによって、ゴミが増えるなどのいろいろな問題が発生するんですが、一概に悪いことだけじゃないようにも思えるんです。日本のコンビニは普段の生活と密接に関係しているからこそ、たとえばひとつひとつの商品の量までも、デザインの要素になっている。小さい商品ならば目につくように見せなければいけないなど、日本的な、こまやかな神経や工夫が、見え隠れしているような感じがします。
三宅
これからは、店の空間のつくりかたや空気感みたいなものまでも計算する必要が出てくるんじゃないでしょうか。冷房の効かせ方もほどよくして心地よい空間をつくるという配慮も含めてね。今日行ったところは、ちょうど僕らがいたときに乳母車を引いたお母さんが入ってきたけれど、乳母車でも買い物ができる通路の広さというのもいいことですよね。店のなかも気配りの効いた配列をしている。いわば、工夫がデザイン化されている。
やさしいパッケージ・デザイン


佐藤
(ドレッシングを取り上げて袋から出しながら)これ、お使いになったことはおありですか? これはなかなか良くできてまして。このまま、こうやってむいて、ぐるっと...(パッケージを人差し指と中指、親指でつまんでみせる)。
さらにこうやって...(逆側に折り曲げると、真ん中に切れ目が入り、ドレッシングが絞り出される)。
三宅
すごいですねえ(笑)。
佐藤
これはパテントを取っていますけれども、優れていますね。
三宅
しかしこういう細かい仕組みは、日本人が考えたことなんでしょうね。冷蔵庫に入れておくと賞味期限が気になるからどんどん捨ててしまいますが、そういう心配がないですね、この商品なら。
パッケージ・デザイン
写真左:最後の一滴までも無駄なくだせるんです(佐藤)
写真右:これ、ペットフードですよ。人間用に負けないほどパッケージが凝ってます(三宅)


佐藤
(別の袋を取り上げて)せんべいでは、当たり前になっている小分け。一枚一枚別々になっています。
三宅
これがいいんですよ。これがひとつの袋に入っていたとしたら、しまいにはぜんぶ食べちゃうもの。シケないしね。ひとつ食べたらこれでおしまいと、人間が人間をしつけるというかね。今日は1枚だけでおしまいにしようってね、思える。
佐藤
もしかすると海外からは、日本のパッケージは過剰包装で資源を無駄にしているという意見が、短絡的には出ると思うんです。でも日本の食文化、日本人の繊細な神経など、パッケージには背景があるわけです。そう簡単には切り捨てられない"やさしさ"って、こういうパッケージのありかたにもあるんじゃないでしょうか。
三宅
過剰包装の問題は別として、パッケージが小分けされているというのはですね、日本の文化として古くからある、ものをほんとうに大切にするというところからきている。いまは大量消費の時代だからつい忘れがちだけれども、相手のために必要なことをやるというのは、日本らしい繊細さですね。
佐藤
最近の食品のパッケージは、和風化している傾向がありますね。筆文字などで商品名を表現していたりします。
三宅
和のものだからかもしれないけれど、親しみやすいというか。これは、蜂蜜ラベンダーのソープですか(石けんのパッケージを指さす)。
佐藤
新聞紙で包んでいるような雰囲気を出していて、この考え方はなかなか新鮮。
三宅
どこから開ければいいのかな。
佐藤
ここで開けるんじゃないかな。
三宅
開けるときに破るという感覚は感心しないんだけどな。(結局、破くしかないことがわかり)ちょっと、残念だな。
佐藤
そうか、そうか。これは開けると中身がビニール袋に入っている。それは香りという難しい問題があるからですね。包装としては紙だけで成立しているんだけど、香りが出てしまうとほかの商品に影響が出てしまう。こういうことまでを、パッケージ・デザイナーは考えなければならないんですよね。

放談vol.2 後編へつづく

建築家 安藤忠雄が語る「私と21_21 DESIGN SIGHT」

安藤忠雄


21_21 DESIGN SIGHTの設計を手がける建築家・安藤忠雄氏。氏はこれまで数多くの文化施設設計にたずさわってきましたが、21_21 DESIGN SIGHTの設立には特別な思いがあります。今、なぜ21_21 DESIGN SIGHTなのか、その思いを語っていただきました。



今、必要な日本の顔とは――

仕事柄、世界各地を飛び回っていろいろな方と接していますと、しばしば「日本には顔がない」と言われます。「顔が見えない国」と。経済は顔が見えているどころか、もうずいぶん長い間リーダーシップを取っています。けれども。私はもうひとつ日本の顔が欲しいと思う。

日本は世界でも珍しく大衆文化をしっかりと根づかせてきた国です。江戸時代から続く文楽、歌舞伎、浮世絵、俳句など、そういった文化を支えているのは、生活を楽しむという美意識だと思うのです。

その文化の奥には、日本の自然観がある。生活のなかで、つねに感動をもって春夏秋冬に接してきた。これはヨーロッパなどと比べてもとても珍しい感情で、日本人の感受性の高さを示していると思うんですね。

...かつて、ポール・ヴァレリイとポール・クローデルが対話し、「世界中の民族の中で滅びては困る民族がいるとしたらそれは日本人だ」と言ったことがあります。私はそれを、日本人の固有の美意識を滅ぼしてはならないということだと解釈しています。美意識には、たとえば責任感とか正義感といったものも含まれます。なかでも人や自然に対する礼儀、生きていくことへの礼儀。あるいは、ものをしっかりと見つめることもそうでしょう。

ところが、1960年代に高度成長期を迎えると、お金が儲かればいい、お金があれば豊かになれるという考えが主流になり、かつての美意識はどこかに消えてしまった。東京の街を見ればわかります。美しさを求めた景観ではありません。経済効率を優先した結果ですよ。

かつてイサムノグチさんとお会いした時、「ニッポンの美意識を取り戻さなければならない」と言われていました。
私と三宅一生さんとのつきあいは、35年くらいになるでしょうか。
「デザインという美意識の中に賭けている」と言っていた田中一光さんと3人で、いつかデザイン・ミュージアムを作ろうと話をしていた、そういった経験が、今に繋がっているという思いもあります。

日本が持つべき顔とは、美意識のある国としての顔ではないか。これを実現するために21_21 DESIGN SIGHTという考え方が必要だと思っています。

建築写真
PHOTO: MASAYA YOSHIMURA/NACASA&PARTNERS, INC.
鉄板の屋根が設置される 2006年6月10日撮影


美意識をもった建築

21_21 DESIGN SIGHTの建築を説明するならば、やはり巨大な一枚の鉄板による造形ということに大きな意味があると思います。日本の高い技術力を象徴するものと言えるからです。

建築写真
PHOTO: MASAYA YOSHIMURA/NACASA&PARTNERS, INC.
屋根を設置する前の入念な準備作業 2006年5月30日撮影


鉄板は膨張と厚さの問題があります。それをクリアして造形する技術、解析する技術の両方が必要です。設計が現実のものとなるのは、高い技術力が現場にあるからこそなのです。

また、工事には欠かせないスケジュール管理、日本人はこの点に優れているのです。たとえば、日本の新幹線はめったに遅れない。私はイタリアでミラノとベニスをよく往復しますが、20分くらい遅れるのは当たり前のことです。でも誰も何も言いません。

スケジュール管理が優れているということは、品質管理が優れているということにもつながる。それらはすべて心、美意識からきているのです。この心を取り戻すために、21_21 DESIGN SIGHTは役立たなくてはならない。

そして経済効率一辺倒で無計画につくられた日本の都市へのアンチテーゼとして。もっと都市を美しくという意識をもって、私はこの21_21 DESIGN SIGHTに参加しています。



2006年6月22日 東京ミッドタウン内にて収録
構成/カワイイファクトリー ポートレート撮影/五十風一晴

21_21放談 vol.1 佐藤 卓×深澤直人 「僕たちのデザイン事始め」 後編

「いもや」のカウンターの秘密


深澤
この近くに「マコ」っていうカレー屋があったの知ってる? そこのカレーを2ヶ月くらい食べ続けたことがあってさ(笑)
佐藤
それは、身体が傾くよ、いくらなんでも(笑)
深澤
けっこう面白かったよ。当時350円だったんだ。それをどれくらい続けられるかとか、へんなこと考えてた(笑)
佐藤
ひとりでやってたの?
深澤
ひとり。あんまり友達いなかったよ。それがよかったんじゃない? 
佐藤
そして、神保町の「天丼 いもや」。
深澤
行った行った。天丼もトンカツも。あの店に行くと必ず、順番が来るまで待つわけだけど、でも並んで待っている間に学ぶんだよね。あの店のシステムというかプロセスのすごさを。俺が一番驚いたのは、今でこそミニマリスムだと思うけど、どんぶりが棚に1個も入っていないんだ。
佐藤
そうだった、言われてみれば。
深澤
人数分しか必要ないから。全部循環しているから、棚の中に食器がいっさいない。
佐藤
お店が終わると、棚に入る。
深澤
そう。だから、すかすかしているんだ。すごいなと思った。
佐藤
並び方もシステマチックに決まっていたよね。食べているときは喋らない。たしか海老のしっぽまで食べると、大盛りが普通の値段で食べられたんだよね。
深澤
それは知らなかったな(笑)。
佐藤
「いもや」のカウンターがその後、言ってみればよみがえったというのがあるわけじゃない? 深澤さんにとって。
深澤
檜の、塗装していないあったかい感じ。寿司屋もそうだけど、席につくと、なんにしようかなって、こう、触るじゃない。あの感じだよね。接触している感じ。あれがいいんだ。
佐藤
あれが今の角アールにつながるわけですね?
深澤
あ、俺の? 2.5Rに?......つながってるね。感触としてはつながってる。
佐藤
後々、経験としてよみがえっているわけだよね。


深澤
考えてみると、一番最初に勉強を始めた頃の自分の試行錯誤って、今の自分の基準になってる。芸大の先生が描いたすごくうまい石膏像のデッサンを見たことがあるんだ。それは背景に影がついているわけ。みんなは石膏像の胸のところを黒く描いているのに。で、俺はいきなり背景から描いてみたんだ。
佐藤
えっじゃあ、その頃から、白い石膏像を描くならバックから描くと考えていたわけ?
深澤
でも「そういうのはテクニックをなぞっているだけだから、もっと胸の厚みをとらえろ」と先生に言われちゃって。
佐藤
でも深澤さんが正しいよ。もののとらえかた、考え方なんだから。でもあった、バックに調子がついていて、石膏像そのものにはない、そんなデッサンがあったね。
深澤
ピカソの、十代のときの、脚を描いたやつとか。
佐藤
それそれ。円盤投げの脚だよ。
深澤
それ。すごいんだよ。
佐藤
周辺とか、ものの関係というのを、その頃に考えていた? 『デザインの輪郭』じゃないけどさ。
深澤
うん。そのものを描くか、輪郭から描くかというのは、すでにそのころ考えはじめている。
佐藤
予備校のときに考えていたことって、実は正しかったんじゃないかって思うことっていっぱいあるね。そしてそのことを忘れていないんだ。今の基礎なのかな。
深澤
そう、今の基礎。あっていようが間違っていようが、そこから始まっていることは間違いない。
佐藤
深澤さんは、大学を卒業して時計のメーカーに入ったんだよね。
深澤
8年いたのかな。で、アメリカの会社に行って、それでもう、デザインがわかったみたいな。コンサルタントとしてのデザインを勉強して。企業のデザインをやって、今の自分がある。
佐藤
アメリカにいってからはもう、自分を確立していたと思う?
深澤
そのときは王道を行っていると思っていたけど、今考えてみるとやっぱりまわりの環境に、かなり影響されていたと思う。フリーになって3年半くらいで初めて、自分がひとりでデッサンをはじめたときと同じ状態にもどったんじゃないかな。自分で考えて自分で答を出していくことができるようになったというか。卓さんはフリーになったのが早かったから、すごいよね。
佐藤
今よりは経済的にいい時代だったから、なんとかなったのかもしれない。でもね、なんでもやりました。だってほとんど世の中に出ている仕事なんてないわけだから...ほんっとに、いろんなことを。だから、深澤さんの仕事見てると、最初から今の状態に目標を定めていたように感じるんだけど?
深澤
いや、それはいろいろ揺さぶられたから。デザインっていうのは多岐にわたっているからさ。全部とりいれて何が正しいかなんて考えると、ものすごく揺さぶられる。
佐藤
揺さぶられてさ、右や左にぶつかりながら、軸を見つけてる。
深澤
...見つけようとしてるんだけどさ、やっぱり揺さぶられているんだろうね。また10年後にやろうか、この話。
佐藤
いいね。10年くらい前のバブルの時代に、雑誌の取材で「いまどういうものが欲しいですか」という質問がきたわけ。僕が「普通のものが欲しい」って答えたら、記事にならないって言われた(笑)。その、「普通」という軸を10年ごとに考えたら、すごく面白いかもしれないね。
深澤
「普通の軸」っていうのは難しいんだ。それを考えることができるデザイナーっていうのが僕の基準になっているかもしれない。「普通の地平」を作れるかどうか。
佐藤
すごくデリケートで微妙なものだよね。
深澤
そう、微妙なものだけど、実はどこにでもあるんだよ。


2006年5月22日 画廊喫茶ミロにて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/中野愛子

ふたりが語りあったのは、JRお茶の水駅から近い、画廊喫茶ミロ。創業50年を数える老舗です。営業を始めた1950年代からほとんど変わらない店内を、創業者の女性店主と娘さんが切り盛りされています。

[画廊喫茶ミロ]
所在地:東京都千代田区神田駿河台2-4-6
電話番号:03-3291-3088
営業時間:8:00〜23:00
定休日:日・祝

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21_21放談 vol.1 佐藤 卓×深澤直人 「僕たちのデザイン事始め」 前編

21_21 Image Photo


21_21 DESIGN SIGHT ディレクターの佐藤卓と深澤直人は、美術大学進学をめざしていた浪人時代、東京・お茶の水にある同じ予備校に通っていました。当時、面識はなかったそうですが、今回久しぶりにお茶の水の街を訪れたふたりが、デザインに目覚めた頃と現在を語ります。

深澤直人、デザインに目覚める


深澤
どんな予備校生だったんですか?
佐藤
まじめだったよ。髪の毛は長かった。
深澤
僕も。
佐藤
ロック聴いてた?
深澤
いや。髪の毛だけ。短かったらおかしい時代だった。
佐藤
美大に行こうと思ったきっかけって何だったの?
深澤
もともとは家業を継ぐつもりで、工業高校に行っていた。高校3年まではバスケに夢中だったんだ。インターハイが終わってから初めて進路を考えたわけ。図書館で『蛍雪時代』っていう雑誌を見ていて、いろいろな大学を紹介している特集号だったんだけど、「工業デザイナーとは、工業製品を通じて人に夢を与える仕事」って書いてあった。それで、これだ! と。それまでデザインのデの字も知らなかったけど、即決した。
佐藤
そのときにはデザイナーが何をやるのかなんてわからないんでしょう?
深澤
うん。なんか図面を書く人かなってくらいでさ。で、美大をめざして最初は見よう見まねでデッサンを描きはじめたんだけど、いくらなんでもそれじゃだめだろうってさ、芸大の卒業生が地元に戻って開いていた美術系の予備校に行った。女学生ばかりでさ。俺、男子校だったもんだから、デッサンよりそっちのほうに目がいっちゃって(笑)。で、ひととおり全部の美大を受けたんだけど全部落ちた。それでお茶の水の予備校に入り、浪人生活が始まったわけ。
佐藤
日本の美術教育ってまず石膏のデッサンだけど、面白かったと思わない? 先生に、おまえはうまいけど心がこもっていない、とか言われるんだよね。
深澤
俺は当時、そのへんにあるものをそのまま描けばいいと思ってた。いきなり全体をとらえろとか言われて、そういう見方もあるのかと思って。どんどん面白くなっていくわけだよね。朝なんて始発で来て、場所とりをする。
佐藤
うんうん、シャッターが開く前に並んで、開いたとたんに駆け込んで石膏像の前に場所をとるんだよね。あのときほどひとつのことに集中したことはないんじゃないか、と思うほど石膏デッサンに集中してたよね。
深澤
ものを立体的にとらえる、そういう目を鍛えたのは、美大というより予備校時代。このお茶の水界隈が、デザインやアートを一気に吸い込んだ時期だよね。
佐藤
そうそうそう。ここでの経験が基礎になってる。
佐藤 卓、グラフィック・デザイナーをめざす


深澤
卓さんは予備校に通っていた当時、デザインやるって決めてたの?
佐藤
親父がデザインやってたんだ。
深澤
なんのデザイン?
佐藤
グラフィック・デザイン。
深澤
おお! すごいじゃん(笑) 2代目、純血じゃん!
佐藤
小学生のとき、「卓ちゃん、お父さんは何をやっているの」って質問されたら何て答えればいいの? と親父に聞いたら「グラフィック・デザイナーといいなさい」と言われた。なにしろグラフィック・デザイナーが何をやってるかなんてわかんないんだけど、親父がやっていることがそうなんだろうと。石油タンクのデザイン、百貨店や吉祥寺駅前の小さなお店のシンボルとか。グラフィック・デザイナーってのは立体もマークもやるもんだと。
深澤
それは情報的に早いよね。
佐藤
デザイナーになろうと思ったきっかけは、LPジャケット。だから、きっかけもグラフィックなんだよ。高校の頃からロックとかブルースとか聴きまくっていたから。そうすると音楽が入ってくるし、ミュージシャンのファッションも入ってくるし、LPジャケットのデザインも入ってくる、文字も入ってくる。ロックという音楽のレールに乗ってすべて来るわけじゃない。グラフィック・デザインってのはよくわからないけど、とりあえずそれだと。で、美大に行くためには予備校ってのがあるらしいと。それで高校3年の夜間からここに通ってた。
深澤
そのころデザインと思っていたことと、今とはあまり変わらない? 
佐藤
それは変わった。はるかに。
深澤
今はデザインって、ある程度一般的になっているけど、そのころ美大に行くなんて、俺たちはかなり変わり者扱いされたでしょ。
佐藤
そうだったと思う。だってクラスにひとりぐらいしかいないし。美術系に行くというのは特別なことだから、担任の教師からも、もうわからないと言われた。デザイナーになるなんて特別なこと、みたいな時代だったよね。それがいま、学生の前で話すときに「特別じゃなくていい」と言っているわけだよね。
深澤
そうそう。僕はたまたま美大をめざして純粋培養的にデザイナーになったけれど、もしかしたら別のことに興味があり勉強していた人が、ポテンシャルを持っていることもあるだろうと今は思うよね。考えてみると、僕らが勉強をはじめたころは、確固たるデザインという言葉があって、ゴールをめざすというふうに思いがちだった。でも今は違ってきている感じがする。デザインやアートの世界には、そんな決まった道筋なんてのはないんだよね、きっと。自分で探っていくしかない。そういう意味で、予備校で夢中になって勉強できたのはラッキーだった。

放談vol.1 後編へつづく

21_21放談

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