2015年7月 (7)

【展覧会紹介】「動きのカガク展」とあわせて楽しめる展覧会

企画展「動きのカガク展」とあわせて鑑賞することでより楽しめる展覧会をご紹介します。

開催中の企画展「動きのカガク展」にて紹介されている菅野 創+やんツーの『セミセンスレス・ドローイング・モジュールズ #2(SDM2) - レターズ / SEMI-SENSELESS DRAWING MODULES #2(SDM2) - Letters』。観客や展示室内の状況を取り込みながら、会期を通じて線画の制作が進行される同作品は、2014年に札幌国際芸術祭で発表された『SEMI-SENSELESS DRAWING MODULES』を起点に3部作として発表されています。その姉妹作である2点を現在、茅ヶ崎市美術館とNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]にて鑑賞することができます。

「動きのカガク展」展示中の『#2 -Letters』が、文字データを取り込む「学習」をテーマにした装置であるのに対して、茅ヶ崎市美術館の『#1 -Replicate』は「模倣」を、ICCの『#3 -Portraits』は「偶発性」をテーマに制作。作家の菅野 創とやんツーは、この3つのテーマ「模倣」「学習」「偶発性」を、「創造」を成り立たせる要素であると考えました。人間の創造性の本質に迫る作品群は、「ひと」と「ものづくり」を考えていくための新たな観点を与えてくれるでしょう。

NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
オープン・スペース2015

2015年5月23日(土)-2016年3月6日(日)

NTTインターコミュニケーション・センターのオープン・スペースは、2006年の開始より先進的な技術を用いた芸術表現とコミュニケーション文化の可能性を社会に提示し続けてきました。菅野 創+やんツーの『セミセンスレス・ドローイング・モジュールズ #3(SDM3) - ポートレイト』をはじめ、現代のメディア環境における多様な表現のあり方を紹介する本展では、展示を楽しめるだけではなく、社会をとりまく多様化したメディアやコミュニケーションの在り方について考えるきっかけを得ることができます。

>>NTTインターコミュニケーション・センター ウェブサイト

茅ヶ崎市美術館
夏の福袋'15「正しいらくがき」展

2015年7月19日(日)-8月30日(日)

茅ヶ崎市美術館にて毎年夏に開催されている「夏の福袋」展。今年は「自分⇔他者」をテーマに新進気鋭のアーティスト、菅野 創+やんツーの2人による展覧会が開催されます。本展では、昨年開催された札幌国際芸術祭2014で注目を浴びたドローイングマシン『セミセンスレス・ドローイング・モジュールズ』が描いたドローイングを紹介。地域の小学生・高校生を美術館に招いて公開ワークショップも実施し、本展のために改良されたマシンが新しい模倣絵画を描き上げます。

>>茅ヶ崎市美術館 ウェブサイト

トーク「チームでものづくり」を開催

2015年7月18日、企画展「動きのカガク展」本展ディレクターの菱川勢一率いるドローイングアンドマニュアルと、参加作家のアトリエオモヤが登壇し、トーク「クリエイションとテクノロジー」を開催しました。

まず、ドローイングアンドマニュアルより菱川が、これまでの仕事として、NTTドコモのCM「森の木琴」や金沢城でのプロジェクションマッピングを紹介。続いて清水貴栄が、本展の「動きのカガク展 解説アニメーション」を紹介しました。清水は、学術協力の桐山孝司の監修のもと「作品の一番分かりやすい原理を、端的に選び出すのが大変だった」と述べました。さらに、林 響太朗が本展出展作品「もしもりんご」について、アニメーション作家として重要な質量や質感の表現法とともに語りました。

次に、アトリエオモヤより鈴木太朗が、自身の大学生時代に借りた母屋を「アトリエオモヤ」の語源とし、チームのメンバーと住まいを共にしながら活動してきた経緯を語りました。鈴木が、アトリエオモヤの過去の作品を紹介すると、菱川は「楽しめることをひとつのコンセプトとし、デジタルとアナログ表現の違いを作品に昇華している」と感想を述べました。そして、本展の出展作品「水玉であそぶ」について、鈴木は「現象として扱うのは難しいが、制御し作品化していくことに面白さがある」と語りました。

その後、話題はチームでものをつくることに移り、それぞれが自らのチームの特徴を紹介しました。アトリエオモヤは、「先ずいいものをつくりたい」ということを最優先事項に考えており、それぞれのプロジェクトについては、案出しの段階で役割の異なるメンバー5人全員が合意をした上で進めると語りました。ドローイングアンドマニュアルは、清水と林が「菱川と一緒に座っていたり、食事をしていたりすると、プロジェクトを割り当てられる」と語り、それぞれのチームの仕事のアサインとプロセスの違いを述べました。さらに、菱川からの「チームで仕事をする以上、揉めることはないか」という質問に対し、アトリエオモヤの赤川が「同じ空気感で制作しているので、あまり揉めることはない」と述べると、ドローイングアンドマニュアルも、「あまり揉めることはないが、つくっているものに関しては、プロジェクトに関わっていないチームのメンバーに意見を聞く」とお互いの感覚を尊重している旨を語りました。

「動きのカガク展」紹介映像

開催中の企画展「動きのカガク展」展覧会ディレクター 菱川勢一率いるドローイングマニュアルによる展覧会紹介映像が、東京ミッドタウン館内で放映されています。
「つくることは決してブラックボックスになってはいけない」という菱川勢一のメッセージ通り、21_21 DESIGN SIGHT館内で参加作家たちが作品設置をしている様子をご覧いただけます。

また、展覧会場内では、同じくドローイングアンドマニュアルが制作した『動きのカガク展 ドキュメント映像』で、展覧会企画の制作プロセスも紹介しています。
ぜひお楽しみください。

ドミニク・チェンによる「動きのカガク展」ガイド Vol.2

企画展「動きのカガク展」では、身近な材料と道具でつくられたシンプルな仕組みから最先端のプログラミング技術まで、様々な力によって「動く」作品が、その機構の解説とともに紹介されています。
この連載では、本展企画協力 ドミニク・チェンがそれぞれの作品が見せる「生きている動き」に注目しながら、展覧会の楽しみ方をご提案します。

>>Vol.1へ戻る

この展覧会が生き生きとした動きに溢れているのは、映像作品『もしもりんご』(ドローイングアンドマニュアル)が見事に見せてくれるように、実写のリンゴに虚構の動きを与えることで、まるでりんごがハエのように飛んでいると感じられるし、ガラスのように木っ端微塵に割れたと感じられる、私たちの感覚のある種のいい加減さに拠っているといえるでしょう。同様に『森のゾートロープ』と『ストロボの雨をあるく』(共にパンタグラフ)は、回転スリットや絵柄のプリントされた傘を手にとって動かすことで、アニメーションという日常的の至るところで見ている表現方法が私たちの眼の解像度の限界に起因していることを身体的に再認識させてくれます。


左:『もしもりんご』ドローイングアンドマニュアル
右:『ストロボの雨をあるく』パンタグラフ

本当に生きているからそのように見えるのではなく、生きているように私たちが感じるから、そう見える。『ISSEY MIYAKE A-POC INSIDE』と『ballet rotoscope』(共に佐藤雅彦+ユーフラテス)は実際の映像と切り離された人間の動きの特徴点を抽出して、観察させてくれます。こうした動きをゲームや映画のCGでモデリングされたキャラクターに付与すれば、まるで生きている本物の人間のように感じるでしょう。


上左:『124のdcモーター、コットンボール、53×53×53センチのダンボール箱』ジモウン
上右:『ISSEY MIYAKE A-POC INSIDE』佐藤雅彦+ユーフラテス
下:『シックスティー・エイト』ニルズ・フェルカー

非生物が生物のように感じられる別の例として、まるで違う惑星の昆虫が密生する峡谷にいるかのような感覚を生んでいる『124のdcモーター、コットンボール、53×53×53センチのダンボール箱』(ジモウン)と、空気で伸縮する巨大な異生物のような『シックスティー・エイト』(ニルズ・フェルカー)、こちらの手の動きを模倣するように回転し続ける巨大な植物のような『動くとのこる。のこると動く。』(藤元翔平)を見ていると、私たちはこの世に存在しない生命の動きをも現出させることができることに気づかせてくれます。また、手元の取っ手の回転運動が目の前の球体の上下運動に変換される『プロジェクト・モーション/サイクル』(東北工業大学 クリエイティブデザイン科 鹿野研究室)も、まるで別の巨きな身体を動かしているような不思議な感覚を生み出しています。

Vol.3へつづく

文:ドミニク・チェン(情報学研究者/IT起業家)
会場風景写真:木奥恵三

【展覧会紹介】東京都現代美術館「おとなもこどもも考える ここはだれの場所?」

企画展「動きのカガク展」とあわせて、親子で楽しめる展覧会をご紹介します。

東京都現代美術館
おとなもこどもも考える ここはだれの場所?

2015年7月18日(土)-10月12日(月・祝)

美術館へようこそ。このまっしろな空間は、わたしたちの想像の助けがあれば、どんな場所にだってなることができます。南の島の海岸。家族の居間。こどもたちの王国。わたしたちの住むまち――。今年の夏休みのこどもたちのための展覧会は、4組の作家たちが、美術館の展示室のなかに、「ここではない」場所への入口を作ります。それらは、言うなれば「社会」と「わたし」の交差点。そこに立って「ここはだれの場所?」と問いかけてみてください。答えを探すうちに、たとえば地球環境や教育、自由についてなど、わたしたちがこれからを生きるために考えるべき問題が、おのずと浮かび上がってくるはずです。
学校に行かなくていい日。美術館で、こどもたちと一緒に、わたしたちの場所をもう一度探してみませんか?

アーティスト:
ヨーガン レール
はじまるよ、びじゅつかん(おかざき乾じろ 策)
会田家(会田誠、岡田裕子、会田寅次郎)
アルフレド&イザベル・アキリザン

>>東京都現代美術館 ウェブサイト

ドミニク・チェンによる「動きのカガク展」ガイド Vol.1

企画展「動きのカガク展」では、身近な材料と道具でつくられたシンプルな仕組みから最先端のプログラミング技術まで、様々な力によって「動く」作品が、その機構の解説とともに紹介されています。
この連載では、本展企画協力 ドミニク・チェンがそれぞれの作品が見せる「生きている動き」に注目しながら、展覧会の楽しみ方をご提案します。


「動きのカガク展」ポスター(アートディレクション&デザイン 古平正義)

「人間は動き、変化しているものしか知覚できない」。これは生物が物理環境のなかで生存に役立てる情報を能動的に探索する仕組みを説いたアフォーダンス理論で知られる生態心理学を開拓したジェームズ・J・ギブソンの言葉ですが、これは僕たち人間がどのように世界を体験するように進化してきたかを知るための基本的な条件として理解できます。同じく、文化人類学者にしてサイバネティクス(生物と無生物に共通する生命的なプロセスの仕組みの解明を行なう学問)の研究者でもあったベイトソンによる、情報とは「差異を生む差異である」という表現を重ねあわせると、動きこそが違いを生み出す源泉であると解釈することができます。

生物の世界でも、たとえば樹の枝のような身体を持つに至った昆虫が天敵から身を守る時には動きを止めて背景と化すことを擬態といいますが、そのことによって情報を周囲に発信させない、いいかえると「生きていない」という情報を偽装しているわけです。生物としての私たちは「生きているか死んでいるか」ということにとても敏感なセンサーを持っているといえます。このセンサーを通して、私たちは「自分で動いているもの」と「別のものによって動かされているもの」を区別することもできます。このセンサーはとても優秀で、物理的な物体以外のことに対しても機能します。

「動きのカガク展」に集まったデザインからアート、産業から工学研究までに及ぶ作品の数々は、その制作方法から表現方法まで多種多様であり、安易に分類することは難しいでしょう。それでもその全てに通底する一本の軸があるとすれば、それは「生きている動き」を見せてくれる、という点が挙げられます。

考えてみると不思議です。人がつくった仕組みや動きになぜ「生きている」感覚が宿るのか。それはここで展示されている作品が何らかの方法で物理的な法則や生物の規則に「乗っかっている」からです。


上:『アトムズ』岸 遼
下左:『メトログラム3D』小井 仁(博報堂アイ・スタジオ/HACKist)
下右:『水玉であそぶ』アトリエオモヤ

水面の表面張力を指で感じられる『水玉であそぶ』(アトリエオモヤ)は水という身近な存在がアメーバのように離れたり合わさったり美しさを再発見させてくれるし、たくさんの発泡スチロールのボールを宙に浮かせる『アトムズ』(岸 遼)は100円ショップで売っているふきあげ玉のおもちゃと同じベルヌーイの定理を機械的に使って、私たちの身体を常に包囲している空気というものの動き方の不思議さを改めて見せてくれます。寝室のカーテンに差し込む夕暮れの陽光のようなシンプルだけど目を奪われる光の動きをつくる『レイヤー・オブ・エア』(沼倉真理)や様々な形の反射を見せる『リフレクション・イン・ザ・スカルプチャー』(生永麻衣+安住仁史)、布が静かに宙を舞い降りる『そして、舞う』(鈴木太朗)も日々の生活のなかで見つけることのできる光や重力の微細な美しさに気づかせてくれます。他方で、都市というマクロなスケールに視点を移せば、東京メトロの運行情報データを基に地下鉄の動きをまるで人体の血流図のように見せる『メトログラム3D』(小井 仁)から、生物のように脈打つ東京という大都市のダイナミズムをリアルに感じることができるでしょう。

Vol.2へつづく

文:ドミニク・チェン(情報学研究者/IT起業家)
会場風景写真:木奥恵三

トーク「クリエイションとテクノロジー」を開催

2015年7月4日、企画展「動きのカガク展」企画協力 ドミニク・チェン、参加作家より鹿野 護(WOW)、菅野 創+やんツー、岸 遼が登壇し、トーク「クリエイションとテクノロジー」を開催しました。

まず、ドミニク・チェンが、展覧会ディレクター 菱川勢一が本展企画初期から繰り返し強調してきた「つくることをブラックボックスにせず、オープンにしたい」というメッセージを紹介すると、3組の作家がそれぞれ、本展展示作品に至るまでの制作過程や自身のクリエイションをその裏側まで語りました。

自身にとって、クリエイションとは人がそのものに興味をもつきっかけとなるような「違和感のある現象」をつくり出すことであり、テクノロジーはそれを実現するための手段であると岸。
続く鹿野は、普段の自身の活動とは違いデジタル・テクノロジーに頼らない素朴な機構による本展展示作品に、東北工業大学の有志の学生と取り組んだ記録を紹介。
菅野 創+やんツーは、無作為に線を描く「SENSELESS DRAWING BOT」に始まり、展示環境や鑑賞者の手書き文字を再構成して線を描く本展展示作品「SEMI-SENSELESS DRAWING MODULES」にたどり着くまでを紹介しました。

会はフリートークに移り、作品と鑑賞者の関係性について菅野 創+やんツーが、反応や展開が予測できる作品ではなく偶然性を重視した作品を制作したいと述べると、岸も、鑑賞者の反応を期待してつくりはじめる自身の方法を更新してみたいと同意しました。鹿野は、モーション・グラフィックの表現において動きを自然に見せるために加えられる様々な工夫が、実際に物体が動くときには、その環境や偶発する要素の中に元々備わっていることに改めて気づいたと語りました。

来場者からの質疑応答では、3組の作家へクリエイションへの初期衝動を問われると、菅野 創+やんツーは、現在取り組んでいる人工知能にクリエイションを実装する試みとしての三部作を紹介。本展展示作品がその第二部であることを説明しました。続いて鹿野は、日常に潜んでいる不思議な現象を自身を含めた人間がどのように認識するのかということに興味があると語りました。岸は、効率化、画一化された「常識的なもの」を疑う自身の視点を述べると、それらを問い直してつくり直すことが自身の衝動であると答えました。

最後に、会場を訪れトークの様子を見守っていた菱川勢一が、登壇者を含めた本展参加作家はいずれも、身近なことに疑問を抱き追求し続ける勇敢な人々であると述べ、日常と地続きにあるその勇敢さを、ぜひ来場者にも持ってもらえればと締めくくりました。

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