2006年11月 (2)

21_21放談 vol.3 三宅一生×深澤直人 「地上333メートルから見えてくる、東京、デザイン・ものづくり」 後編

感動が生む"ものづくりパワー"


三宅
国内をあちこち旅行して思うのですが、日本には素晴らしい自然があって、人にもぎりぎりのところでまだ優しさが残っている。まだまだ捨てたものじゃない。ですから、ものづくりをはじめとして、なにかやる場合でも、力いっぱい取り組めば、きっと次の世代で面白い人やすごい才能がでてくるんじゃないかと、ポジティブに肯定的にとらえています。
僕は21_21 をはじめてから、感動する力が蘇ってきたという気がしています。素晴らしい人たちの意見を聞いたり、作品を見たりすると、ほんとうに感動・感激・感心なのです。全部"感"がつくんだけれど、自然にね、ぴょんと飛んでるんですよ、自分自身が。だから、これは面白いなと自分でまた感心している(笑)。つきあう人達も年齢はさまざまですし、上下関係もなくなっている。そして、一日の終わりが嬉しいんですね。だからぼくは皆さんに感謝しなくてはいけないのです。
こうした体験を通して思うのは、デザインなりなにかをするということの原点には、かならず本人が楽しむ、面白がるといった感覚があるということです。そうしてみると、ちょっと日本でいま心配なのは、みんながつくること、工夫することを忘れてしまっていることですね。だからこそ、われわれはつくることの面白さを伝えていく必要があるかなと考えています。
深澤
そうですね。
東京タワー
写真左:大展望台より正面の東京ミッドタウン方向を眺める。
写真右:東京タワー外観。放送局の電波塔を一本化する構想で建設された総合電波塔。約4000トンの鋼材が使われ、鳶職人の手作業により、15か月という早さで完成しました。


三宅
だれでもつくりたい気持ちはもっているんです。みんな、なにかを表現できるはずなんです。だけど実際には職人さんなどは後継者問題に悩んでいたりする。僕が取り組んできた服づくりの世界では、最近は若い人たちがどんどん入ってきていて、少し状況が変わりつつあります。そうすると今度は、だれが評価するのかという問題が出てくる。やはり評価してくれないと困るわけですから。そのときに世界が必要なのです。日本のやることは面白いね、ちがうね、と言われるようにしなくてはならない。その評価が創作のエネルギーになっていく。そうした連鎖を引き起こす場所や仕組みは必要だと思います。
深澤
おっしゃるとおり、つくるということがだんだんと自分の国ではできなくなっていて、中国をはじめとするアジア圏に移りつつあります。一方で、この30年間、日本を支えてきたのは企業でありブランドだったわけで、デザインの力もそこに注がれていた。デザインはあまりにも都市や公共の財産に活かされてこなかった。こうしてみるとやはり、これからはつくりたいという意欲をもっと公共に広げるべきだと思います。そうすれば、都市環境も文化的な意識もあっという間に好転していくのではないでしょうか。
すき間の発見、見えない東京
三宅
才能ある人はたくさんいるのに、その才能を企業やシステムの中に組み込んでいるだけで、活かすという考え方が最初にない場合が多いですよね。企業体で活動していて思うのは、この才能をどう活かそうか、ということがやっぱり一番大切だなと。今は工夫の時代、まさにデザインの時代が新しく始まろうとしているときです。そう考えてみると、かなりのことができそうな気がします。だからちょっと面白い時代だなあと。才能のある人たちが育つような環境をつくれればと思っています。
深澤
今の日本の若い人たち、力を温存しているというか、自信があるといいながら、実際にクリエイションがはじまるとなんとなく最後をぼかしてしまっているようなところがある。ガツンとつかんだという感触を相手にぶつけるということはなくて、どことなく不安定さが残っている。だから不安定さを取り払い、安定する力を引き出してやるような場が必要だと思う。21_21 は、ブランドを伸ばすとか、ある枠組みの中でなにかをサポートしてもらうというよりは、ほんとにいいものが抽出できる場所になるのだと思うんです。
三宅
ある意味、21_21は実験場でもあるということですね。
深澤
そう。人には元来その人固有の創造性が備わっていると思います。が、ちょっと自信がないというのが今の日本人ではないでしょうか。自信がないがためにちょっと空威張りしているというか。
三宅
そうですね。それともうひとつは、ちょっと遊んでないかな(笑)。
深澤
そうかもしれません。やっぱり、どこか一緒に笑ってない。不安だからでしょうね。
三宅
デザインというかものづくりは、相手が喜んでくれるなり、楽しませてくれるなりしないとつまらないと思うのですね。あるいは、逆にわれわれがよく考えなきゃいけないのは「あ、こういうすき間があったよ」っていう、すき間の発見といいますかね。これが面白いんです。人に伝わっていくには時間がかかりますが。
深澤
その余裕がないかもしれない。
三宅
余裕がない。だけどね、本来もたないといけないものではないでしょうか。僕は今日、東京タワーに上って東京の街をみていたら、高さもバラバラなビルがほんとうに不規則に林立していることに驚きました。パリの街並はどこまでも建物の高さが一緒なんですよ。一度だけ失敗したのはモンパルナスに建てたタワービル。それがパリ市民に不評で、以後高層ビルを建てていない。都市計画がきちんとあるんですね。
深澤
都市計画に高いビルがなかったら、ある意味ですごくリッチな感じがします。
三宅
でも、東京にもよい方法があるかもしれないですね。こうして高みから見ていると高層建築ばかりが目にはいるけれど、かえって見えないところ、都市のすき間というか、路地だとか、低い建物への興味をそそります。秘密めいていいですね。だんだん「見えない東京」が気になってきました。


2006年10月23日 東京タワー 展望カフェ「カフェ・ラ・トゥール」にて収録
構成/カワイイファクトリー 撮影/五十風一晴

三宅・深澤のプリクラ写真


上の写真は収録後に敢行した、三宅・深澤、両ディレクターによるプリクラ。あいにく収録日は雨でしたが、大展望台にあるプリクラでは、青空にそびえる東京タワーをバックにした写真を撮ることができました。さらに2人は地上145mから下を見下ろすルックダウンウインドウ(写真トップ参照)を体験したりと、つかの間ではありましたが観光気分を楽しみました。 東京タワーは高さ333メートル。エッフェル塔よりも13メートル高く、自立鉄塔としては世界一の高さを誇ります。
http://www.tokyotower.co.jp

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21_21放談 vol.3 三宅一生×深澤直人 「地上333メートルから見えてくる、東京、デザイン・ものづくり」 前編

21_21 Image Photo


21_21 DESIGN SIGHT ディレクターによる放談シリーズ、第3回目をお届けします。三宅一生と深澤直人が、東京タワーの大展望台から東京の街を眺めながら、都市、文化、デザインについて対話します。

エッフェル塔と東京タワー


三宅
東京タワーに昇るのは、実ははじめてなんです。長年東京に暮らしていて、近くまでは来るんだけど、なんか照れくさいっていうかね。
深澤
僕は今回で2回目位です。あんまり来ないですよね。
三宅
そうですね。高いところに上がるということなら、高層ビルと同じだろうと思っちゃって、意外と来ないものですね。
深澤
東京タワー、どんな感じですか。僕はノスタルジックな感じがしますけど。あとは、なんていうのかな、非日常的な東京というかね。
三宅
たしかにね。僕の場合、高いところに昇りたくなるのは、日本にいたくない、でも外国に行くのはいや、という時(笑)。そういう気分になると、東京の高層ビルの上の方に昇ったりします。
東京タワー
写真左:展望台から東方向を見下ろす。増上寺が見える。
写真右:展望解説ボードを見る深澤(左)と三宅(右)。ボードには東京の景観説明や建物の説明などがタッチパネル形式であらわれる。


深澤
東京タワーができたばかりのころって、ご存知ですか。
三宅
僕は高校の時に上京したんだけど、そのときはちょうど建設中だったのかな。このタワーは1958年にできているんですよね。
深澤
58年ですか。僕が生まれてすぐだな。
三宅
その当時は、パリのエッフェル塔のような高い鉄塔が建ったんだということで、もの凄く話題になっていました。こうして上ってみると、エッフェル塔とはずいぶんと趣が違いますが。
深澤
パリのエッフェル塔を参考にしたのは確かでしょうね。
三宅
そうですね。やっぱり、日本の文化そのものが元来、どこかから発想を引っぱってきているというところがありますよね。最近の例ですと、自由の女神をお台場にもってきたりとかね。
深澤
外来文化の歴史が長いから、日本人にはそういう発想がしみついているのかもしれませんね。とはいえ、やはり公共のものとなると、個人資本でつくるにせよよく考えないと、とんでもない問題になります。
公共にひらかれた建造物が良いものになれば、住む環境も文化的に高まるような気がします。けれども、回りをみてみますと、どうも日本は遅れをとっているような感じがしないでもない。三宅さんご自身は、21_21 DESIGN SIGHT(以下、21_21)を立ち上げる際に、そういった東京の街への影響をどのように考えていらしたんですか。
三宅
日本では欧米に比べると、とりたてて文化がどうとか、美がどうとかはあまり言いません。そもそも文化や美というのは日本人にとってはいわずもがなというか、暗黙の了解の上に成り立っていたものだと思うのです。戦後は、社会がどんどん制度化され、高度成長などもあって、文化や美は時代に応じて都合のいいように解釈されて現在に至っているという気がします。だから、21_21ができることで、われわれだけでなく、みんながそういったこと、つまり文化や美の今と昔の違いなどに意識的になれるとしたらいいなと思いますね。
東京らしさ、イコール、ローカル?インターナショナル?


深澤
日本が鎖国していた時代について考えてみると、国自体で完結しようという、その知恵みたいなものはかなり発達していたんでしょうね。自分なりに思うのですが、都市や文化やデザインをはじめ、いろいろな考え方というのは、非常に高いレベルで完成していたような気がします。それが文明開化の波にさらされたり、戦争があったり近代化が促進するうちに崩れてしまい、カオスになった。今また、当初の完成された地点に戻ろうとしているんだろうけど、かなり難しいと思います。
三宅
そうですね。日本人が戦後の荒廃から立ち直るために、オリンピックやら万博やら、いろいろなことをやってきて今に至ったのだと思うけれども、やっぱり、どこかちぐはぐです。日本独特の、なにか大切なものを失いつつあると思うんです。
21_21 は、生活を楽しむことにも、生きることにも、デザインはつながっているということを伝える場所になればいいなと思います。オブジェをつくったり、ものをつくったりというのは同時進行的におこなわれるけれども、それだけじゃないんだということです。広く社会のことなども考えていけるといいですね。
深澤
外国で仕事をしていると感じるのですが、いま世界中が均一化してきている気がします。単純に考えると、僕らがパリに行けばパリらしくあってほしいし、ミラノに行けばミラノらしくあってほしい。逆に外国の方が日本に来れば日本らしくあってほしいって思うんじゃないでしょうか。けれども実際は、日本に住む人たちは逆を望んでいる。日本はパリらしくミラノらしくニューヨークらしいみたいな(笑)。インターナショナル化するということを誤解しているような気がするんです。僕自身は、もっとローカルな魅力みたいなものをつくっていければいいと思うのです。最近、外国の仕事が増えれば増えるほど感じるのですが、いわゆる京都・奈良的な日本というだけの解釈ではなく、東京なら東京らしさみたいなものをもっと考えていく必要があると思います。
三宅
僕なども、西洋的なというか、グローバライズされたものの対極にあるもの、日本的なものが面白いと思いますね。

放談vol.3 後編へつづく

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