contents
企画監修
虫展に寄せて
大人にとって、虫はどうでもいいもの、バカにされるものの一つです。でも子どもは虫が好きです。自分より小さいから、親近感がわくのかもしれませんね。
でも虫を見る面白さに気が付くと、やがてやめられなくなります。これをヘンだと思う人も多いでしょうね。でも一度、まさに虚心坦懐(きょしんたんかい)に見てくださるといいと思います。とても不思議だと思うようになり、惹きつけられてしまいます。
虫が嫌いな人もいます。私はクモやゲジゲジが大嫌いですから、その気持ちはわかります。でも全部がそうじゃないですよ。とくに細部を顕微鏡で見たりすると、ビックリするしかありません。
私たちの感受性は、生きものの三十億年の歴史の中で育ってきたものです。自然を見て育ってきたのですから、その自然と調和しているはずです。
木の枝に葉が付いています。あれはどういう規則で付いているのでしょうか。太陽は東から昇って、ひたすら移動して、夕方には西に沈みます。その間に一本の木が最大限の日照を受けるには、葉をどう配列したらいいのか。いま見ている木の葉の配列は、その問題の解答じゃないんでしょうか。
教育を受けていくうちに、子どもたちは考えることは問題を解くことだと思わされてしまいます。でも話は逆じゃないんですか。生きものは三十億年の間に、ありとあらゆる問題に直面しつつ、それを解いて生き延びてきた。その解答が目の前にある。私はそう思うんですね。見ているのは問題集の答えだけです。では問題はなんだったのか。そんなふうに思いながら虫を見てもらえると嬉しいと思います。
養老孟司
プロフィール
養老孟司 Takeshi Yoro
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。1962年 東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年 東京大学医学部教授を退官し、東京大学名誉教授に。著書に『からだの見方』(サントリー学芸賞受賞)『形を読む』『解剖学教室へようこそ』『日本人の身体観』『唯脳論』『バカの壁』『「自分」の壁』『養老孟司の大言論(I)〜(III)』『身体巡礼』『骸骨巡礼』『遺言。』など多数。昆虫を通して生命世界を読み解きつつ、「身体の喪失」から来る社会の変化について思索を続けている。