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ディレクター
食器から美術作品、建築材料や精密機器の部品まで。原料となる陶土の採掘業者から、製造に関わる窯元、流通を担う商社まで。岐阜県の東濃地方西部(多治見市、土岐市、瑞浪市)を中心とした地域は、7世紀から現代に至るまで、世界でも有数のセラミックス産業の集積地として発展してきました。その製品や技術、職能の多様さは、日本のやきもの史を凝縮したもの、といっても過言ではないでしょう。ですが多様さゆえに、「美濃のやきもの」と言ったとき、漠とした印象になってしまうことも否めません。
この問題解決のためのひとつのアイディアとして、佐藤 卓・橋本麻里の企画で、松屋銀座・デザインギャラリー1953において開催されたのが、「美濃のラーメンどんぶり展」(2014年)でした。多くの人が日常的にラーメンを口にしている一方、ラーメン丼の約9割が東濃地方西部で生産されている事実は、ほとんど知られていません。誰もがその形状や色柄を明確にイメージできるラーメン丼を入口とすることで、美濃のやきものへの親しみや関心を喚起したいと考えたのです。
中国起源でありながら日本で麺料理として独自の発達を遂げ、現在では世界各地のさまざまな食習慣を持つ人々に受け容れられている食べ物、それがラーメンです。自宅でも外食としても手軽に食べられる料理である一方、ミシュランが評価対象とする「美食」にもなり、非常時の保存食、さらには宇宙食までもと、驚くほど広い間口で食べられています。そんな「ラーメン」専用の食器をテーマとしたことが、小さな展覧会を大きく飛躍させました。外務省による日本の文化・情報の対外発信拠点〈JAPAN HOUSE〉で、「The Art of the RAMEN Bowl」展(2022年)が開催されたのです。出展作家も新たに加え、ラーメンの歴史や文化、ラーメンと丼を要素に分解・解説する「解剖」パート、産地の紹介まで、展示の内容も拡充されました。
そして2025年、21_21 DESIGN SIGHTでの展示にあたり、改めてラーメン丼について検討を重ねる中で浮かび上がってきたのは、美濃で当たり前のように行われてきた、「土のデザイン」の先進性です。ラーメンという「Fast」な料理から、物質としてもっとも寿命の長い、土という「Slow」な存在まで。全体を通貫する新たな視点を取り込んだ今回の展示では、全40組のアーティストがデザインしたラーメン丼を展示の中核として、オルタナティブな「屋台」の提案や、ラーメンの食環境を構成する「音」の体験、そして美濃という産地が体現するやきものの未来に至る、ラーメン×デザインの可能性をご覧いただきたいと考えています。
佐藤 卓、橋本麻里

佐藤 卓 Taku Satoh
グラフィックデザイナー、21_21 DESIGN SIGHT ディレクター・館長。
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、81年同大学院修了。「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」のパッケージデザインをはじめ、ポスターなどのグラフィック、商品や施設のブランディング、企業のCIを中心に活動。NHK Eテレ「デザインあ」「デザインあ neo」総合指導、著書に『塑する思考』(新潮社)、『マークの本』(紀伊國屋書店)、『Just Enough Design』(Chronicle Books)など。毎日デザイン賞、芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章他受賞。

橋本麻里 Mari Hashimoto
学芸プロデューサー、ライター。江之浦測候所 甘橘山美術館 開館準備室室長。金沢工業大学客員教授。ゲーム「刀剣乱舞」日本文化監修。新聞、雑誌等への寄稿のほか、美術番組での解説、キュレーション、コンサルティングなど活動は多岐にわたる。近著に『かざる日本』(岩波書店)、共著に『図書館を建てる、図書館で暮らす 本のための家づくり』(新潮社)、『世界を変えた書物』(小学館)など。キュレーションに特別展「北斎づくし」(2021年、東京ミッドタウン・ホール)ほか。また、国立美術館外部評価委員(文化庁)、NHK中央放送番組審議会委員などを務める。