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「ポスト・フォッシル」展とアアルト作品

川上典李子のインサイト・コラム vol.3

「ポスト・フォッシル:未来のデザイン発掘」展(以降、「ポスト・フォッシル」展)の会場には、大手家具会社から量産されている品が2種類含まれています。ひとつはマーティン・バース(1978年生まれ、オランダ在住)のデザインで、英国のエスタブリッシュド・アンド・サンズ社(Established & Sons)から製造、販売されている『スタンダード・ユニーク』。バースのデザインによる5脚は、背や脚、座面等、各パーツの形状と製造手法に特色があります。

椅子の姿を形づくるのは手描きの太い線。微妙に曲がったラインによって、基本となる5脚は少しずつ異なる姿をしています。その一方で、5脚の背、脚、座面といったパーツの基本サイズや接合位置は統一されているので、5脚のためにデザインされた部材を交換するようにして、さらに新しい姿の椅子をつくりだせる、というもの。その結果、リー・エデルコートが「すべてが異なりながら、ファミリーさながら共通点をもった」と述べるプロダクトのシリーズが現実のものとなるのです。量産製品において、一脚一脚の独自性をどう実現できるのか。量産と個性実現との共存を探る画期的なプロジェクトです。

「ポスト・フォッシル」展会場の『スタンダード・ユニーク』。製造、販売はエスタブリッシュド・アンド・サンズ。デザインはマーティン・バース

もうひとつの家具メーカーは、フィンランドのアルテック(Artek)。もっとも、今回の展示作品は、世界的に知られる同社製品の特別版です。その作品の重要性に触れる前に、まずはアルテックとアルヴァ・アアルトに関する短い説明を添えておきます。「アート」と「技術」という2つの単語を会社名とするアルテックが誕生したのは1935年。理想を掲げ、創立に関わった4名の若者のひとりが、建築家のアルヴァ・アアルト(1898-1976年)でした。

当時、意欲的な建築家たちは構造材料である鉄筋コンクリートを活かし、近代建築の可能性を探っていました。そのなかでアアルトは、建築や家具の材料としては特に最新というわけではない「木」をあえて選択、自身の工業製品に活かすべく開発を試みたのでした。既にバウハウスの建築家たちはスチールパイプを曲げた家具を生み出していましたが、アアルトも新たな素材を用いた様々な家具を模索、開発しながら、一方で、地元フィンランドの資源であるバーチ(白樺)材を用い、積層合板を検討することで、金属製の椅子にも負けない強度を備える家具を実現したのです。アアルトデザインの信条であるL字の脚(「アアルト・レッグ」)が開発され、以来、椅子やテーブルなどで広く活用されています。

バーチよりも堅牢で家具づくりに適した材料は他にも多々ありますが、地元の資源を用いることに工夫を凝らしながら、アアルトは、誰もが組み立てられ、かつ堅牢な工業製品の実現に心を砕いたのでした。明快な目的意識があったからこそ、デザインから75年以上が経った今も、人々に愛される製品として彼の家具は存在しています。そしてそれは、さらに今後も生き続けていくことでしょう。現代とは異なる時代に活動したアアルトですが、製品開発における彼の姿勢には、ポスト・フォッシル時代を生きていくうえでのヒントが見え隠れしています。

アルヴァ・アアルトのデザイン。
左:『Armchair 400(The Tank)』デザイン1935-1936年
右:『Stool 60』デザイン1933年。アルテック社。Photo courtesy of Artek, Yamagiwa Corporation


さて、今回の「ポスト・フォッシル」展に含まれている作品は、アルテック創立75周年を機とする特別プロジェクトで誕生したものです。アアルトが1936年にミラノ・トリエンナーレで発表した『Armchair 400』、別名『The Tank(タンク)』と現代デザイナーとのコラボレーション・プロジェクト。招かれたデザイナーのひとり、イルゼ・クロフォード(1962年英国生まれ)は、歴史的な椅子に、トナカイの毛皮を組み合わせることを考えました。今や世界的に愛され、スタンダードな存在にまでなっているプロダクトに、アアルトやアルテックのルーツである「北欧」の要素を改めて加えたのです。彼女の提案は、コンセプトを伝える明快な姿と独特の触感とともに実現されました。

「グローバルな存在となったデザインを、再度、生まれ故郷の文脈に戻す興味深い提案」とは、この作品に関するリー・エデルコートのコメントです。かつてアアルトが異国情緒溢れるゼブラ柄『タンク』を愛用していたことを知っている人であれば、クロフォードの提案を、さらなる醍醐味とともに楽しめることでしょう。デザインコンサルタントとしても、その柔軟な視点で活躍しているクロフォード。ちなみに彼女は、本コラムのvol.1(後編)でとりあげた「Questions」展のキュレーターを務めた人物でもあります。

アアルトの椅子をイルゼ・クロフォードはトナカイの毛皮で覆った。アルテック「DRESS THE CHAIR」プロジェクトのためのデザイン、2010年。同プロジェクトには他に、テキスタイルデザイナーのファニー・アロンセン、ミッソーニ、マハラム、サビーネ・スタインメイア、クラウディー・ヨングストラらが参加。
Photo courtesy of Artek, Yamagiwa Corporation

21_21 DESIGN SIGHTでトナカイの毛皮に包まれたアアルト+クロフォード版の『The Tank』と『Stool 60』を前にして、リー・エデルコートはこう語ってくれました。
「アアルトのデザインは現在も全く色褪せておらず、私たちの心を強くとらえます。この地球、さらには未来にも適した、アアルト作品のように普遍的な魅力を備える工業製品と、本展で取り上げた若手デザイナーのアイデアの探究、また、素材の特性をふまえ、質感を重視した表現の試みなどを、どう融合できるだろうかと考えます。普遍的な工業製品を探究する姿勢と、ユニークピースに込められた生き生きとした問題意識との融合が、今後求められていくと思うのです」。

文:川上典李子


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