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「アーヴィング・ペンと私」 vol.25 佐藤和子

現在開催中の「アーヴィング・ペンと三宅一生 Visual Dialogue」展にあわせ、各界をリードするクリエーターの方々に、ペンの写真の魅力について語っていただきます。


現実と虚構を行き来する、夢あるクリエイション


──佐藤さんは、ペンさんの写真をどのようにご覧になりましたか?

佐藤和子(以下、佐藤):
私はどちらかというと、アーヴィング・ペンさんの写真単体というよりは三宅さんの作品を通じてペンさんの写真を知りました。今回も展示されていますが、当時のヴィジュアルは本当に強烈なイメージでした。三宅さんが持っている心象風景とペンさんが持っている心象風景が重なり合って、違う次元のクリエイションになっていたように思います。

──具体的にはどのようなことでしょう?

佐藤:見ている人がヴィジュアルに自分を投影させて、どんどん変身していけるのです。モデルが服を着ている写真ではあるんですが、その中に物語があって、それが次々に変化していく。見る方によって頭に思い描く物語は違うと思うのですが、それぞれの物語というのは、その人にとっての変身願望につながっているのだと思います。だから見る人も面白い。誰もが心に持っている変身願望を満たしてくれるような展覧会って珍しいと思います。

──すごく面白い視点ですね。ある種女性的な視点なのかもしれません。

佐藤:そうかもしれませんね(笑)。一生さんの服も、ペンさんの写真も、ジャンルも時代も超えている、時空を超えているのですね。すごい人たちが出合う時には、単に倍になるのではなく、2乗3乗の効果が出てくるのだと思います。二人とも自由にやっているでしょ?それがまたすごい。

──そうですね。お互いに言葉を交わさずに作品を作っています。

佐藤:もうひとつお二人のクリエイションを見ていて思ったのは、現実と虚構の絶妙なバランスです。デザインというものは現実感がなくてはならない。ですが、現実感だけだと人間は惹かれないんですよ。嘘というと言葉が悪いですが、虚構の世界というのがあって、人はそこに夢を持つことができる。三宅さんの服というのは、ものすごく大きな夢を見せてくれるのに、現実に戻ったらその服を着られるのですね。現実世界でその服を着ると、着ている自分はやっぱり夢の中を漂っているのですね。ペンさんは、その一生さんの夢の部分を最大限に引き出してまったく新しいものにしている。そのさじ加減が本当に素晴らしいと思います。

──では最後に、佐藤さんが最近手がけられたお仕事を教えてください。

佐藤:昨年末に日伊協会創立70周年・イタリア統一150周年記念で『イタリア文化事典』というものが出版されまして。私は「創る」-(デザイン)という項目を監修、執筆させていただきました。こちらの本に携わって、歴史や文化を語る上でまだまだ「デザイン」という分野の定義が確立されていないことを痛感し、これからきちんと語っていかなければと思いました。

(聞き手:上條桂子)



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佐藤和子 Kazuko Sato

ジャーナリスト
女子美術大学図案科卒。東京芸術大学大学院からイタリア政府奨学生として、ブレラ美術大学に留学。60年代初めの<イタリアデザイン黄金期>から、70年代<ノン・デザイン時代>、80年代の<ポストデザイン時代>を、デザインの壁を越えてミラノで活躍。イタリア・ジャーナリスト協会員。多くの日伊文化展を手掛ける。著書「アルキミア」「時を生きるイタリアデザイン」等。金沢美術工芸大学客員教授。女子美術大学客員教授。独自の「近代デザイン論」展開中。

「イタリア文化事典」

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