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2024年10月20日(日)、企画展「ゴミうんち展」に関連して、トーク「ゴミうんちを考える」を開催しました。本展でアートディレクターを務める岡崎智弘、企画協力の角尾 舞、会場構成を務める大野友資 (DOMINO ARCHITECTS)と、21_21 DESIGN SIGHTプログラム・マネージャーの中洞貴子が登壇し、企画の始まりから、タイトルの決定、企画チームが「ゴミうんち」をどのように考えながら展覧会をつくりあげてきたかを振り返りました。
はじめに岡崎は、2022年の秋に本展の展覧会ディレクターである佐藤 卓から「ゴミをテーマにした展覧会を一緒にやらないか」と声がかかったときのことに触れ、その後、佐藤から「ゴミうんち」という言葉が発表されたときのことを思い起こしながら、その時の衝撃について語りました。驚きと、音のおもしろさ、その言葉がもつパワーを感じたといいます。人の営みや社会、思想と密接に関わるため、視点を広げないと太刀打ちできないテーマであることにすぐに気付き、次に声をかけたメンバーが、大野でした。
大野は、岡崎の考え方や視点、おもしろいことを発見していこうとする姿勢に共感するところが多かったことから「岡崎さんが誘ってくれるなら」と参加を決めたといいます。「会場構成」という肩書であるにも関わらず、出来上がったものを空間の中でどう上手く見せるか、ではなく、どういうものを見せたいかから自分で考え、「ゴミうんち」とは何なのか、という概念から一緒に考えてつくり上げなければならないという役割に気付き、驚いたと話しました。21_21 DESIGN SIGHTの企画展はまずテーマが決まり、チームでリサーチするところから始まります。当館での展覧会に関わるのが3度目となる岡崎は、毎回つくり方が異なる21_21 DESIGN SIGHTのそのような展覧会の制作に大野を巻き込んだと話しました。
その半年後に角尾に声がかかることになりますが、それは、客観的に言葉を整理できる人が必要なタイミングだったといいます。企画チームに参加してほどなく、角尾が「この展覧会は正解を出すものではない」とはっきり言ったことがあったと中洞が振り返りました。21_21 DESIGN SIGHTは多視点を提示する場でありたいと考えていますが、企画チームは、ことさらゴミや環境問題については時に何か一つの考えやあり方を正しいとする方向に傾きがちであることを危惧していました。展覧会の議論が、例えば環境に対するグッドアクションを展示するような方向に振れはじめたところだったので、角尾がそのようにはっきりと方向性を示したことはチームにとってとても良いきっかけになったと言います。
展覧会の制作が進む中で、企画チーム各々が考える「ゴミうんち展」を発表しあったことがありました。それぞれがもつ多様な視点を洗い出すため、だれにも相談せずに自分が考えるゴミうんち展を出し合ったのです。そのときの大野の案から「糞驚異の部屋」や、サンクンコートに庭を設けることが決まっていったと振り返ります。
大野は「ゴミうんちとは何か、と、一言で説明できる言葉はない。そこで、博物館の起こりとされる『驚異の部屋』をモチーフに、ゴミうんちにまつわる情報でパンパンに埋め尽くす部屋をつくることを考えた」と説明します。「ゴミうんち」で思いつくものを皆で持ち寄り展示することで、演繹法的にぼんやりと導き出されるイメージがあるのではないか。自分なりの「ゴミうんち」像を、それぞれのバックグラウンドと重ねて結びつけられるはずだと考え、そういう部屋を展覧会の最初に持ってきたかった。これが「糞驚異の部屋」が生まれた瞬間でした。岡崎もその話を聞いたときに、これは絶対に入れるべきだと思ったと言います。
岡崎は議論が進むにつれて、これはまとまらない展覧会だと感じ始めます。まとまらないことを受け入れながら、その前提でどうデザインしていくか。まとめずにどうまとめていくかが重要だと考えたと話します。そして「ゴミうんち」というワードができたとき、「pooploop」という英語タイトルが決まったとき、それを岡崎がコマ撮りの動画にしてみたとき、それぞれの瞬間に、グイグイっと前に進んで行った感覚があったことを思い起こしました。岡崎は、展覧会のつくり方に正解がないからこそ、杭を打ってそれを頼りに前に進むことでしか、進んでいかない。その瞬間の積み重ねだったと続けます。
トークは会場構成の話に移ります。これまで展覧会の会場構成をあまり手がけたことのない大野は、展覧会の会場をつくる施工会社に、展覧会がどういう材料でどのようにつくられているかを丁寧にヒアリングしたといいます。ゴミうんち展の二つ前の企画展「もじ イメージ graphic 展」が閉幕後どう解体されるかを見学し、建築では考えられないスピードで壁が解体され、次の展覧会ができあがっていくことに驚きました。そのスピードの秘密の一つは、壁の下地になっているリースパネルというパネルの存在でした。リースパネルは展覧会の業界の中で循環して(使い回されて)います。そこで、施工会社が所有しているリースパネル300枚を借りて空間をつくり、ゴミうんち展が終わったらまた戻すという発想で会場をつくることができないかと考え始めました。
本展では既存の300枚に加え、新しいリースパネルも制作しています。本展で役目を終えるパネルもあれば、この展覧会から使い回されていくものもあります。大野には「この展覧会を通して新陳代謝を起こしたい」という考えがありました。循環をテーマにした展覧会をつくる上で、新しいものをつくることを否定することはしたくなかった、と話す大野に対して、角尾は、ゴミがテーマになると物を増やすことに対する罪悪感が先に出てしまうことがあるが、それを完全に否定すると、文化が止まってしまうことになりかねない。そうではないやり方があると模索していた、と続けました。
話は再び「糞驚異の部屋」の制作背景に戻ります。会場設営中に出るゴミも「糞驚異の部屋」で展示されることになり、岡崎は展示品を探して会場中ゴミを探し回ったといいます。また設営中に破棄される予定のものの一部はサンクンコートの作品「漏庭」の造形に使用されました。施工中も話し合いながらつくっていくことができたのは、この展覧会ならではなのかもしれない、と角尾は振り返ります。決まりきっていなかったからこそ、楽しむ余白があった。常に動いていて会期中も変わっていく、会期終了後も変わっていくだろう、という考えが浸透していた。大野は、動的平衡や、新陳代謝のように、常に動いているけど全体像は変わらない、という展覧会なんだろうと話していたと振り返りました。展覧会ディレクターの佐藤、竹村も「動き続ける展覧会にしたい」と常に言っていたと言います。
その他、エントランスバナーからタイトルが消えたこと、本展ならではのキャプションの工夫や、「pooploop popup」、会場内に散りばめられた「うんち句」など、各所に散りばめられた本展を何度でも楽しむことのできる工夫についても紹介されました。トーク参加者からは、遠方から来館したという嬉しい声も聞かれました。当館ならではの展覧会のつくりかたについて隠すことなく語られ、より深く、展覧会の成り立ちと趣旨を理解することのできる機会となりました。
2024年3月29日(金)から9月8日(日)まで開催した企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」の記録映像を21_21 DESIGN SIGHT公式 Vimeoアカウントにて公開しています。
映像:渡辺 俊介
2024年10月18日(金)、企画展「ゴミうんち展」に関連して、本展参加作家である井原宏蕗、また参加作家であると同時に本展の企画協力を務める狩野佑真と吉本天地によるギャラリーツアー「井原宏蕗×狩野佑真×吉本天地」を開催しました。
動物の糞から彫刻作品を制作する井原宏蕗、錆や下水処理汚泥の新たな可能性を提示する狩野佑真、繊維でつくられた苔のインスタレーションや純天然染色の衣服を制作する吉本天地、自然や生物の循環を考察する3人が、参加者とともに実際に会場を周り、自他の作品を超えて展覧会全体を俯瞰しながら解説するツアーとなりました。
最初のロビーにある作品のうち、一行が目に留めたのは井原宏蕗「cycling -black dog-」。等身大の犬が形づくられた彫刻作品ですが、驚くことにその主な構成要素は「犬の糞」です。井原は、動物の糞を漆でコーティングし、乾漆という技法を用いながら糞を接着してその動物の形をつくり出すシリーズを制作しています。作品をつくったきっかけを問われると、井原は、「糞は排泄したあとは忘れられてしまうものですが、その日のコンディションなどに強く関わっていていろんな情報が詰まっています。また動物によって形状が違うのもすごく生々しくて、糞一個一個を見ていると動物がつくった彫刻のように思えました。それを身体に戻してあげたいと考えて作品をつくったのです」と話しました。
続いてギャラリー1に入ると、天井まで高く続くパネルに膨大な数のさまざまな「ゴミうんち」にまつわるものが展示されています。壁一面にある700種以上の品々に、参加者も圧倒されている様子。作家3人と一緒にミミズの糞でできたジュエリーやぐるぐる巻いた木の枝、ワニの剥製、サルノコシカケなどを見ることで、世界を構成する「循環」を再認識し、ゴミうんちについての思考を深めるヒントを探ります。
歩みを進めてギャラリー2に入ると、「ゴミうんち」という新しい概念を元に、新たな循環や価値の考察・提案を行う作品の数々が展示されています。
劣化の象徴として普段は忌み嫌われる存在である「錆」に焦点を当てたのが、狩野佑真「Rust Harvest|錆の収穫」です。狩野は、川崎の工業地帯の中に自身のスタジオを構えていたときに、この環境を活かして作品をつくれないかと考えてシャッターの錆に着目したと言います。錆の模様をどうにか残そうと、最初は錆と鉄板を透明な樹脂に封入する方法を試みましたが、結果的には型枠に穴が空いて流れ出てしまい大失敗。落胆してその失敗作を何気なく剥がしていると、錆の粒子だけが鉄板から樹脂側にくっついてくることに気づき、驚きを覚えます。偶然生まれたものでしたが、実験を繰り返すことで安定的に生まれるようになり、現在の作品に繋がっているのです。「元々価値がないと思われているものの価値を見出し、それが面白さ・美しさに気づくきっかけになればと思っていつも制作しています」と狩野は語ります。
続いて、ギャラリー2に限らず会場全体に点在している苔のようなインスタレーションにも目を向けます。「気配 - 覆い」というタイトルが付けられたこれらは吉本天地の作品で、すべて手編みのニットでできています。元々は本物の苔を使ってインスタレーションを行っていた吉本でしたが、美術館で展示をするようになり、館内に有機物を持ち込めないためすべて繊維に置き換えて表現し始めました。今回の展覧会でも、会場内にどう苔が生えるか、どこに苔が生えそうかを自身の感覚・感性で考えて随所に散りばめています。人工物と自然物が曖昧になっていくきっかけとして、境界をなくしていくという重要な役目を担っています。
吉本はこう言います。「会期中に苔を増やしたり、移動させたりと、たまに来たときにケアしています。会場に来ると『ここには生えるはずだな』という場所を見つけたりして、置かなければならないという気持ちになります。」これに対して井原が「生きてる展覧会ですね」と発言すると、続けて狩野も「展示全体として常に変化して、動いている。一般的には展示室に収まったらそこが完成ということがほとんどだと思いますが、今回はそうではないようにしよう、というのも企画チームで話していたテーマの一つでした」と話しました。
ギャラリー2の奥の廊下を抜けるとツアーも終盤です。吉本が最後に参加者に伝えたのは、作家3人は、それぞれ錆・糞・苔などと扱う素材に個性はあれど、日常生活の中にあるものを切り口にまったく別の世界に展開していくという点では視点が重なるということ。同年代の3人が互いの活動から刺激を受け合う様子も多く見られ、いつもと違う視点で日常を見る楽しさを分かち合う機会となりました。
ギャラリー3では、2024年10月25日(金)から11月24日(日)まで「Ronan Bouroullec: On Creative Session」を開催しています。
2013年にスタートしたブランド、HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE(オム プリッセ イッセイ ミヤケ)は、イッセイミヤケを代表する技法のひとつである「製品プリーツ」を背景に、着る人の多様性に寄り添う、普遍的で新しい日常着を提案しています。シワにならず、乾きやすく、軽やかな着心地を実現したプロダクトとしての衣服は、身体に馴染み、着る人の個性を引き出します。
デザイナー/アーティストのロナン・ブルレックは、家具、照明、空間、建築や展示など幅広い分野において、世界中の美術館やデザイン界に高く評価されていいますが、デザイナーとしての活動のほかに、日常生活の一部(ライフワーク)としてドローイングを続け、デザイン活動のインスピレーションとなっています。
本展は、HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKEがパリで発表した2024/25年秋冬コレクションアイテムを製作するプロセスと、ロナン・ブルレックの創作活動、二つのものづくりに焦点を当てた動画で構成されています。
会場は5つのゾーンに分かれています。1つ目に出会うのは、「プレス加工とドローイング」。折りたたんだまま、位置を工夫してシャツに転写したドローイングが、着用時に思いもよらぬ形で現れるシャツのプロセスです。同じゾーンの「プリーツとドローイング」では、ドローイングの余白を衣服の形に活かし、プリーツ素材の特徴が原画の動的な要素を引き立たせる様子が見られます。映像はプリーツの工房の様子です。
2つ目のゾーンは、「刺繍、ゴブラン織とドローイング」。ブルレックのドローイング作品から、ボールペンで描かれたシリーズの線の豊かさをテキスタイル上で表現するため、刺繍とゴブラン織でそれぞれ製作したプロセスから、試作を見ることができます。映像は刺繍工場です。
3つ目は、「シルクスクリーンプリントとドローイング」です。原画の色彩を表現する技法の一つとして用いたシルクスクリーンプリントで、実際に使用した版の一部とともに、試行錯誤した色合いのプロセスと、染色工場の映像が展示されています。
4つ目の「ブルレック氏のドローイング」では、ここまで見てきた衣服との取り組みの原画に立ち戻ります。散歩をするように毎日描かれ、目的や完成イメージもないというドローイングの数々と、アトリエの日常を映像で見ることができます。
最後は、映像「Ronan Bouroullec: On the Wilds of Creativity」です。各地での製作の様子とともに、この協業についてブルレック自身が語る言葉を聞くことができます。
ブルレックという個人の作品の力が、企業のどのような考え方で、どういう手法によって製品になるのか、また新しい魅力を作り出すために、お互いがどのように敬意を持ってものづくりを行うのか。壁面にディスプレイされた、協業の結果として実際に販売された美しい衣服たちを見ながら、ぜひ会場で想像を巡らせてみてください。
©︎ ISSEY MIYAKE INC. 撮影:吉村昌也
2024年9月21日、21_21 DESIGN SIGHTギャラリー3「六本木六軒:ミケーレ・デ・ルッキの6つの家」の開幕に合わせて来日したミケーレ・デ・ルッキにより、特別なギャラリートークを開催しました。
来場者とともに作品を囲みながら、今回の展示が自身の出身であるイタリアと日本の架け橋となり、それぞれ異なる文化の中にも共通点があることを伝えます。風通しや移りゆく光、外と中の関係、建築とインスタレーション、永遠と一時的、イタリアと日本など、創造における対比と共生の大切さを表現したとデ・ルッキは話します。
21_21 DESIGN SIGHTが位置する六本木という地名との偶然の一致を知り、ROPPONNGI ROKKENと名付けた本展では、6つの家「ロッジア」を展示しています。そのうち3つは木製で、3つはブロンズで制作されています。この2つの伝統的な素材は、古くから人々の生活を支える文明の基盤となったマテリアルです。木は空に向かって伸びる木々の生命から生まれた有機的な素材であり、ブロンズは地球の奥深くに眠る鉱物でもあります。根源的な素材と向き合うことで、先人たちの思いを未来へ繋ぐように、自らの手を通しながら作品へ込めました。
展示空間の直線的な要素に呼応するように制作された有機的な土台は、すべて手作業で制作されました。天然のオーク材に伝統的な手法で酢を塗ることで、経年変化とともに深い黒色になります。人類が自然と共生しながら続く未来への時間を表現しました。
来場者に向けて、デ・ルッキは次のように語りかけます。「私の仕事はデザインすることであり、デザインすることは全身全霊で未来に飛び込むことを意味します。ですから私が唯一できることは、不安や心配のない未来について想像することだけです。私は楽観的になることが大切だと思います。だからこそ自分自身にも、そして皆さんにもこう言いたいのです。未来について悲観的に考えることは、何の意味もありません!LET'S BE HAPPY(幸せになりましょう!)」
会場からの質問にも答えながら、デ・ルッキ自身が伝えたかった制作活動における哲学や未来へのビジョン、そしてメッセージ「LET'S BE HAPPY(幸せになりましょう!)」を、こどもから大人まで、様々な来場者と分かち合う機会となりました。
Photo by Kotaro Tanaka
2024年9月27日、いよいよ企画展「ゴミうんち展」が開幕します。
世界は循環しています。ひとつのかたちに留まることなく、動き続け、多様に影響し合い、複雑に巡っています。その結果、いわゆる自然界においては、ゴミもうんちもただそのまま残り続けるものはほとんどありませんでした。しかし、いま人間社会では、その両者の存在は大きな問題となっていますし、文化的にもどこか見たくないものとして扱われています。
本展では、身の回りから宇宙までを見渡し、さまざまな「ゴミうんち」を扱います。そして、ゴミうんちを含む世界の循環を 「pooploop」 と捉えます。これまで目を背けてきた存在にもう一度向き合うと、社会問題だけではないさまざまな側面が見えてきました。決して止まることのないこの世界。欠けていたパーツがピタリとはまると、きっと新たなループが巡りはじめます。
ここでは会場の様子を写真で紹介します。
「糞驚異の部屋」
蓮沼執太「pooploop un-copositions」
松井利夫「サイネンショー」
吉本天地「気配 - 存在」
竹村眞一「未来を覗く窓」
撮影:木奥恵三/Photo: Keizo Kioku
ギャラリー3では、2024年9月20日(金)から10月14日(月・祝)まで「六本木六軒:ミケーレ・デ・ルッキの6つの家」を開催しています。
ミケーレ・デ・ルッキは、イタリアに生まれ、1970〜80年代には前衛的なデザイナー集団「アルキミア」、「メンフィス」の中心的人物の一人として活動したのち、世界的に建築や家具を手がけてきました。一方で、20年以上にわたり、手を動かしてドローイングや絵画、木彫の制作に取り組み、それが建築形態の本質を追求する原動力になってきたと言います。
会場のエントランスには、デ・ルッキ自身が木材を切ったり、職人がブロンズの鋳造や台座となる丸太の加工をする様子を写した制作課程の映像が展示され、デ・ルッキのメッセージを聞くことができます。
「ロッジア」は風を通し、光を通す透明な家だと語るデ・ルッキ。「それらは、住宅の人工的で空調された環境と、自然のオープンスペースとの間の中間の建築物であり、特徴は異なりますが、東洋と西洋の両方に共通しています。このロッジアは今日、人間と自然との新たな関係の象徴であり、イタリア文化と日本文化を結び付けています。」
会場の奥に展示された、ヴィクトル・コサコフスキー監督による美しい制作風景の映像を通じて、デ・ルッキの哲学を知ることもできます。
デ・ルッキは言います。「私の仕事はデザインすることであり、デザインとは全身全霊で未来に飛び込むことを意味します。若い頃、私は自分のエネルギーを注ぐ分野を一つ選べないことに非常に苦しみました。私は自分が急進的な建築家の一人であることに気付き、建築家は家を建てるのではなく、行動を促すのだと言って、建築家の伝統的な考え方に異議を唱えました。デザイナーとしては、機械で作られたものの完璧さと単調さが気に入りませんでした。私は画家になり始めましたが、さらに、木で彫刻を始め、彫刻家になりました。今ではそれだけでは物足りなくなり、小説を書いています。そして、方向転換を50年以上経て、この優柔不断さがどれほど幸運だったか、そして空間や物の世界をさまざまな角度から取り組むことをどれほど楽しんでいたか、私は驚きをもって気づきました。三宅一生さんも制約や限界のない創作の世界を体験したからこそ、きっと私のことを理解してくださったはずです。」
1980年代に初めて日本で出会い、それ以来親交を深めてきたデ・ルッキと三宅が、2018年に交わした会話がきっかけで企画された本展の裏には、二人の友情がありました。ぜひ会場でデ・ルッキの想いを感じてください。
撮影:吉村昌也
2024年8月17日(土)と18日(日)の2日間に渡り、企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」に関連して、夏のスペシャルワークショップとして、本展展覧会ディレクター山中俊治によるスケッチ教室、「山中先生のスケッチ教室」を開催しました。
本展ではプロトタイプやロボットとともに、その原点である山中のスケッチも多数展示しました。デザイナーが描くスケッチは、モノを観察することや、考えの過程をあらわすこと、そしてコミュニケーションの道具としての役割など、さまざまな側面を持っています。
ワークショップは、形の見方、モノをシンプルな線で描く方法を学ぶ小学4年生以上の方を対象にした回と、高校生以上の方を対象として、思考の道具としてアイデアを伝えるためのスケッチを学ぶ上級者向けの回と、2回に分けて行われました。その様子を写真で紹介します。
2024年8月9日(土)、東京ミッドタウンにて2つのワークショップを開催しました。ひとつ目は、ギャラリー1&2で開催した企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」の関連プログラムとして、本展参加作家の千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)の所長、古田貴之によるワークショップ「最先端ロボットと触れ合う!」。2つ目は、ギャラリー3で開催した企画展「beyond form / かたちなき野性 GUSHA GUSHA, KUSHA KUSHA」の関連プログラムとして、「にぎって、つぶして、こねて、まるめるーIM MEN(アイム メン)の素材を使った造形ワークショップ」です。それぞれのワークショップの様子を紹介します。
企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」では、千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)と山中俊治によって生み出されたロボット群を展示しました。その中から、タイヤで走るだけでなく車軸での歩行もできるロボットビークル「Halluc IIχ」や、用途によってトランスフォームする搭乗型変形ロボット「CanguRo」などと触れ合うことのできるワークショップを開催しました。ワークショップではそれらのロボットに加えて「絶望ロボット」「ILY-A」「災害対応ロボット」にも触れることができました。
ロボットの特徴の説明やデモンストレーションを行った後、参加者はグループに分かれ、実際にロボットを操作したり触れてみたり、構造を近くで観察しました。「CanguRo」や「ILY-A」には試乗することができました。
続いて、ギャラリー3で開催した企画展「beyond form / かたちなき野性 GUSHA GUSHA, KUSHA KUSHA」に関連して開催した、「にぎって、つぶして、こねて、まるめるーIM MEN(アイム メン)の素材を使った造形ワークショップ」の様子を紹介します。講師は、2021年にスタートしたメンズブランド IM MEN(アイム メン)のデザインチームが務め、ギャラリー3での展示でディレクターを務めた空間デザイナーの吉添裕人も参加しました。
ワークショップでは、完成形でありながら、さまざまな形状に変容する素材独自の表情を持つ、IM MENのバッグ「GUSHA GUSHA」と「KUSHA KUSHA」の素材を使って作品をつくりました。IM MENのデザインチームと一緒に、握る、潰す、こねる、丸めるなど、手の感触を楽しみながら自由に造形し、最後は参加者のお互いの作品を鑑賞し合いました。
2024年7月26日、企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」に関連して、トーク「身体とデザインエンジニアリング」を開催しました。本展参加作家の村松 充、宮前義之と、ダンサー・振付家の辻本知彦を迎え、角尾 舞がモデレーターとなり身体とデザインエンジニアリングを語り合いました。
村松は、自身のダンスの経験から人の動きのデザインに関心を持っており、開催中の企画展「未来のかけら: 科学とデザインの実験室」に展示している山中研究室の「アポストロフ」、稲見自在化身体プロジェクト「自在肢」等の開発をしています。さらに本展では村松は研究者とデザイナーの二役となり、立体作品とともに、デザインプロセスをシミュレーションによって生成するデザインシステム「場の彫刻」を展示しています。デザインとエンジニアという二つの分野を合わせた「デザインエンジニアリング」を、先駆者である山中と一緒にやってきていた村松にとって、同じように実践してきている宮前との対話には以前から興味がありました。
宮前は、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEでエンジニアリングチームを率い、新しいものづくりを行っています。A-POCとは、1970年代に三宅一生が唱えたコンセプト「一枚の布」の英語の頭文字から取られた言葉。1998年、コンピューターで設計し織られた布を切るだけで衣服ができる「A-POCプロジェクト」が始まり、学生だった宮前は衝撃を受けたと言います。2001年に三宅デザイン事務所に入社しA-POCに携わりながら、糸や原料、布の製法にも知識を増やし、2011年イッセイ ミヤケのデザイナーに就任してからは、毎シーズン新素材の開発を行ってきました。そしてさらに時間をかけた研究と開発を行う活動として、2021年から現ブランドを始動。本展では、全く新しいつくり方の衣服を展示しています。イノベーションは越境しないと生まれない。次を創造するためには、分業化した各技術の分野を理解し、そこに入っていく必要があると宮前は話します。当日、登壇の男性3人ともが着用していたA-POC ABLE ISSEY MIYAKEのパンツには、通常の服飾デザインのパターンメイキングだけでなく、テキスタイルの設計技術をメーカー以上に知り、糸と織り方の全プロセスを把握してプログラムし、工場のマネジメントやビジネスソリューションに至るまで、様々な知識と技術が込められていると語りました。
このA-POC ABLE ISSEY MIYAKEのパンツは、ダンサーが出したい身体のラインが出せると話す辻本は、ダンサーとしての多くの経験を積み、その後振付を通じて「人に託す」ことや、衣装がダンサーの動きを変えていくことを学んだと言います。宮前も、舞台衣装はいかに衣装がダンサーに制約を与え、間をつくるかが面白く、それには服の構造が大事だと話します。辻本はトークの場で体を動かすことと服を動かすことの違いを実演し、会場を沸かせました。舞台や映像の中の見え方を決めていく振付は、まるでデザイナーの仕事だと感じているという辻本。さらに、いかに一瞬で観る人の心をとらえるかのために、多くの案から絞っていくのはコピーライティングの仕事とも似ていると、角尾も加えます。
ダンスの技術であるアイソレーション(身体の一部分だけを単独で動かすこと)をロボットがすると、連動しないために活き活きと見えないと話す村松に、辻本はソロダンサーの特徴で補足します。バレエに比べて身体が柔らかくないソロダンサーは、硬いものを柔らかそうに動かすため、より不思議に見える。そのために関節を研究し、関節に沿っていかに身体を動かすかが重要になると言います。
高校生の時コンテンポラリーダンスに魅せられ、多くの舞台を観にいく中で衣装、衣服へ興味が繋がっていった宮前と、自身のダンスの経験も元に動きを研究する村松、実際に身体を動かして見せる辻本と、互いへの興味と尊敬に、話は尽きません。角尾からの質問により様々な一面が引き出された3人は、熱気に包まれた会場で、トーク終了後も来場者の質問に答えていました。