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2012年9月 (14)

企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

写真館で家族写真。戦後、時代が変わりこの様な風習は無くなりました。

1939年/奈良市/左から田中一光、父、田中成典、母、次男

お墓参り。1980年母が亡くなり奈良から鎌倉に墓を移して以来、年5回のお参りを22年間欠かさず私達の小さな車で通い続けました。

1992年3月/鎌倉/左から森野千絵、田中一光、田中友美子、田中成典

恒例の「元日のお祝い」。これも途切れる事もなく、自作の料理を加えて続けられました。

1993年1月/自宅1階/左から田中成典、田中一光、田中清子、森野千絵

別荘でバーベキュー。別荘半月亭の横で、一光製バーベキュー調理中。

1994年5月/山中湖/左から田中成典、田中友美子、田中清子、田中一光

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企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

土門 拳『文楽』打合せ。田中先生のご提案に笑顔で意思表示する土門氏。

1972年6月/麹町土門氏宅/左から武智鉄二、田中一光、浜田桂子(後姿)、土門 拳、駸々堂 谷口常雄

土門 拳『文楽』打合せ。田中先生は本のイメージを語り続けた。

1972年6月/麹町土門氏宅/左から駸々堂 谷口常雄、浜田桂子、土門 拳(後姿)、武智鉄二、田中一光

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企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

バンコクのガラス工場と、チェンマイ奥地の草木染工房を視察しました。

1988年秋/バンコク、タイ

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企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

モリサワカレンダー「人間と文字」の撮影でイスラエルへ行った時、死海を見渡す岡で、向かい側はヨルダン、50℃以上の暑さでした。

1987年/死海、イスラエル/左から田中一光、金子正剛、広川泰士、現地ガイド、矢島文夫教授

モリサワカレンダーの次のテーマ「アラベスク」のリサーチでイスタンブールへ、トプカプ、ブルーモスク等を見学、朝ホテルから出た所で熊の芸人達にバッタリ。

1987年/イスタンブール、トルコ/田中一光

散歩中に不思議な木を発見、田中さんに入って頂いて。

1987年/イスタンブール、トルコ/田中一光

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企画展「田中一光とデザインの前後左右」が始まりました。
日本を代表するデザイナー、田中一光の貴重な書籍やポスター作品をはじめ、本展で初公開となる田中一光デザイン室のアーカイブの数々を紹介しています。

展覧会ディレクターは小池一子、会場構成とグラフィックデザインは廣村正彰。
Semitransparent Design、三宅一生+Reality Lab.、廣村正彰が、田中一光の創作に触発されて制作した新作もお見逃しなく!

Photo: Masaya Yoshimura

デザイン:浅葉克己

東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
21_21 DESIGN SIGHTではこれまで、東北地方の文化に焦点をあてた特別企画「東北の底力、心と光。『衣』、三宅一生。」企画展「テマヒマ展〈東北の食と住〉」を開催しました。
今後もデザインに関する様々な活動を通して、より安全で平和な未来づくりを、皆さまと一緒に考えていきたいと思っております。

浅葉克己プロフィール
アートディレクター。1940年神奈川県生まれ。桑沢デザイン研究所、ライトパブリシティを経て、75年浅葉克己デザイン室を設立。サントリー、西武百貨店、ミサワホーム等数々の広告を手がける。東京タイプディレクターズクラブ理事長として同クラブを運営する傍ら、アジアの多様な文字文化に着眼し、文字と視覚表現の関わりを追求している。
東京ADC賞グランプリ、紫綬褒章など受章多数。東京TDC理事長、JAGDA会長、デザインアソシエーション会長、エンジン01文化戦略会議幹事、東京ADC委員、AGI(国際グラフィック連盟)日本代表。東京造形大学・京都精華大学客員教授。桑沢デザイン研究所所長。中国の象形文字「トンパ文字」に造詣が深い。卓球六段。2012年9月より、フランス・パリ市内の複数の会場で「パリにおける東北伝統的工芸品展〜被災をこえたそのわざと意匠」を開催。


「パリにおける東北伝統的工芸品展〜被災をこえたそのわざと意匠」ポスター
デザイン:浅葉克己

9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

(桑沢デザイン研究所)卒業の時「もう君達とは商売敵だ」と驚かされた...が。

1988年頃/国際文化会館/北川佳子、田中一光、青葉益輝、遠藤 享 他

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9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

1950年代、一光さんとよく会って話し込んだ。

1950年代/永井一正の仕事部屋/左から田中一光、永井一正

一光さんが東京に移るので見送りに。

1950年代/大阪駅/左から田中一光、永井一正

一光さんと福田繁雄さんと私の個展で。

1989年/ギンザ・グラフィック・ギャラリー/左から福田繁雄、永井一正、田中一光

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9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

亀倉雄策 73才、田中一光 58才、松永 真 48才。イッセイ・ミヤケのポスター展にて。

1988年6月13日/ggg 第28回イッセイ・ミヤケのポスター展「I.I.I. at GGG」オープニング/左から亀倉雄策、田中一光、松永 真

田中一光 60才、松永 真 50才。全国カレンダー展の審査会にて。

1990年12月12日/全国カレンダー展審査/左から田中一光、松永 真

松永 真の個展のオープニングにて。田中一光 70才、松永 真 60才。

2001年3月5日/ggg 第178回「松永 真、ディテールの競演」展 オープニング/左から松永 真、田中一光

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9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

鋭い眼光で射る 一光先生。

1979年11月22日

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9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

田中先生は、ISSEY MIYAKEのコレクションを必ず観にいらして、クリエイションのことをご理解くださいました。
うつくしいもの、美味しいもの、楽しいことを大事にされ、そしていつもユーモアのあるお言葉をくださいました。
この日は見たこともない友人達の姿をみて、ほんとうに心から楽しまれていらっしゃいました。

1980年/三宅デザイン事務所六本木オフィス/左から皆川摩鬼子、ダニエラ・モレラ(Daniela Morera)、田中一光、北村みどり、石岡瑛子、小池一子

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9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。

1975年頃から亡くなられる迄、一光さんはバー・ラジオに通って下さいました。
セカンド・ラジオにて、店主 尾崎が生けた花。

1993年頃/セカンド・ラジオ/撮影:操上和美

『デザインの前後左右』(田中一光著)の「もてなしの美学」にある尾崎が生けた花とモンローの絵です。

1993年頃/「バー・ラジオ」で所有していたウォーホール作品「マリリン・モンロー」(キャンバス地にシルクスクリーン)をもとにつくったダイレクトメール用のはがき

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9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。
本サイトと、展覧会会期中の会場でご覧いただけます。

Metropolitan Opera(メトロポリタン歌劇場)100周年記念にマツダ株式会社と坂東玉三郎公演を実施、『TAMASABURO IN NEW YORK』発行。

1984年4月/メトロポリタン劇場/左から瀬底 恒、篠山紀信、田中一光

窓庵茶会初釜の亭主として茶人の石元滋子さんを正客に招く。

1996年1月/窓庵/左から田中一光、石元泰博夫妻

茅ヶ崎「太陽の郷」入居後の瀬底さんが一度だけ外出した先は、長年の友人のいる田中一光デザイン室だった。

1998年6月/田中一光デザイン室/左から太田徹也、瀬底 恒、田中一光、他

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9月21日より開催の企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。
本サイトと、展覧会会期中の会場でご覧いただけます。

CD盤BOXSET「モダンジャズの時代」(Sony Music House)解説本収録・対談の様子。

1999年/左から田中一光、児山紀芳

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