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2014年3月 (6)

「コメ展」を盛り上げるのは、コメや参加作家だけに留まりません。コメと真摯に向き合ってきた「コメびと」たち、彼らの言葉と眼差しには、食卓からは伺い知ることのできないコメの多彩な有り様が映し出されます。ここでは、展示に秘められたコメびと達の息づかいを、取材時のエピソードを交えてお届けします。(記:奥村文絵)

【第1回:2013年9月25日】

*松下明弘さん(稲作農家:静岡県藤枝市)
稲本来の生命力を発揮させる稲作を研究し、無農薬有機農業による酒造好適米育成や新品種の開発に成功。著書「ロジカルな田んぼ」を出版。

*長坂潔曉さん(安東米店:静岡県静岡市)
90年に安東米店四代目となる。以来、コメにのめり込み、コメ食の普及に奔走する。「田んぼからお茶碗まで」がモットー。2004年五つ星お米マイスター取得。2005年第16回優良米穀小売店全国コンクール農林水産省総合食糧局長賞受賞。

仕事、趣味、特技はひとつ。

「仕事、稲作 趣味、稲作 特技、稲作」。名刺の裏にこう書く農家がいる。静岡県藤枝市の松下明弘さんだ。田んぼを父親から譲り受け、稲の生態を徹底的に研究し、無農薬でも雑草の生えない田んぼをつくることに成功した松下さんは、スーパーマンならぬスーパー農家として、今、ちょっと話題の人だ。

貧しさの中で学んだもの

松下さんが最初に就いたのは機械関係の仕事だった。その後、エチオピアへ渡り農業指導に従事したことをきっかけに、農薬や化学肥料を使わない農業を追求していくことになる。松下さんは「常識」を信じない。日本人の常識では貧しく見えたエチオピアの農業。その「非常識」にこそ、たくさんの気付きがあったからだ。帰国後、帰来の研究肌が相まって、無理だと言われていた酒造好適米山田錦の有機栽培を可能にし、巨大胚芽米「カミアカリ」という新品種の育種に成功。これは市井の農家としては前代未聞の功績だ。

コメを作るのは稲

松下さんは「僕は稲作農家。米農家じゃない。」と断言する。そうだ、コメを作るのは稲なのだ。太陽エネルギーを利用して葉が光合成を行い、デンブンや酸素をつくり出す。このデンプンが子房いっぱいに満ちてくると、今度は固まり始める。コメとはこの固まりのこと。だから、おいしいコメを作るためには、まず製造元である良質な稲が必要になる。松下さんはまるで稲の声を訊くかのように、松下さんは優しい眼差しで田んぼに立つ。「主役は田んぼ、主役は稲。ぼくはただそれに寄り添うだけ。」その言葉ひとつひとつから、既知の未知化がみるみる広がっていく。

おいしさの話

「生産者がおいしい米、おいしい米って自分で言うけれど、僕は言わない。おいしさは食べる人が決めるものだから」松下さんは、昨今のコシヒカリに偏りすぎる傾向を冷静に見つめている。「おいしさにはもっと多様性があったほうがいいと思う」彼の田んぼには、何種類もの稲が並ぶ一角がある。黒米、赤米、芒の長い米、短い米、コメにこれほどの種類があるのかと驚かされるほどだ。「それとさ、甘い、粘り、柔らかい。それ以外にコメの味を表現する言葉がもっとあってもいいよね。だってコメはこんなに多様なんだから」

類は友を呼ぶ

松下さんには、かけがえなのないパートナーがいる。「コメ屋の役割は、田んぼからお茶碗までを見える化すること」という安東米店の長坂さん。彼もまたちょっと変わったコメ屋さんだ。コメの「作為のない美しさ」こそ、美術大学で学んだデザインの原点だと気づき、逃げ回っていた家業を継ぐことを決心した彼は、松下さんについて稲作の勉強を始めた。稲作の手間ひまを知るからこそ、その価値を食べる人に伝えることができる。「人にはそれぞれ役割がある。松下は稲をつくり、僕は米を売る。そしてそれを食べる人。三者を繋ぐのも僕の仕事」松下さんが稲作に没頭できるのも、長坂さんの存在があってこそだ。

コメのある暮らしをデザインする

安東米店は楽しい。糠の香りが漂う店内には、珍しい稲の見本が吊り下がり、木製什器にはたっぷりのコメが客を待つ。栽培方法、おすすめの食べ方を記したポップに、長坂さんの味わいのある手書き文字が踊る。欲しいコメが見つかったら、枡で量ってもらい、好みに精米してもらえばいい。待つ間に目に飛び込んでくるのは、ひと抱えもある羽釜だ。自らコメを炊きに出かける"スイハニング・インターナショナル"の活動は、昨年とうとう海を越えてフランスに到達した。炊飯+ing=スイハニング。安東米店=アンコメ。もっともっとコメは楽しくなれる。「コメ屋はコメとの出逢いを売らないとね」デザインという窓からコメを見つめて出来上がった、長坂流コメ屋のカタチ。それは「コメのある暮らし」を売るアンコメワールドなのだ。

コメの笑顔

私が訪れたのは十五夜が過ぎて、秋分を迎えた頃だった。稲穂は重たそうに頭を垂れて黄金に輝いている。田んぼを案内しながら、松下さんが時折「切れてるなぁ」とつぶやいた。同行する安東米店の四代目、長坂さんもまた「切れてるねえ」と返す。収穫に向けて水を抜いた田んぼからは湿り気がすっかり抜けきって、稲穂はいい具合に枯れている。松下さんの田んぼは、明らかに周りの田んぼと違う。ひと株ひと株がしっかりと自立し、こんがりと焦げたトーストのような乾いた感触。これが収穫時の稲穂の理想の状態なのだという。松下さんはこの「切れている」という表現がお気に入りだ。「切れてるなぁ」「切れてるねえ」「切れてないね」「だめだね」田んぼを見ながら二人が繰り返す。その後ろ姿がなんとも楽しそうなのだ。真剣に生きる人をこんな風に笑わせるコメ。二人が写った写真にコメのチカラが溢れていた。

>>『コメびと日誌』一覧を見る

「コメ展」を盛り上げるのは、コメや参加作家だけに留まりません。コメと真摯に向き合ってきた「コメびと」達、彼らの言葉と眼差しには、食卓からは伺い知ることのできないコメの多彩な有り様が映し出されます。ここでは、展示に秘められたコメびと達の息づかいを、取材時のエピソードを交えてお届けします。(記:奥村文絵)

  1. 『コメびと日誌』【第1回:松下明弘さん(稲作農家)、長坂潔曉さん(安東米店)】
  2. 『コメびと日誌』【第2回:村嶋 孟さん(銀シャリげこ亭)】
  3. 『コメびと日誌』【第3回:金重 愫さん(備前焼作家)】
  4. 『コメびと日誌』【第4回:伊勢の神宮】
  5. 『コメびと日誌』【第5回:和久傳(京都の料亭)】
  6. 『コメびと日誌』【最終回:寺田本家】

2014年3月22日、トーク「コメの味」を開催しました。

五つ星お米マイスター 西島豊造が、これまで取り組んできた産地とのコメの開発、ブランドづくり、消費者としてのおコメの楽しみ方を語りました。聞き手は本展企画チームの一人である奥村文絵。途中、「コメ展」セレクト米より3種を参加者全員で食味するサプライズもありました。実際のコメの違いを味わいながら、西島の考える、日本のコメの未来を作る産地と消費者それぞれのあり方について熱く考える会となりました。

本展企画チームが取材した産地の様子の展示に加え、「コメ展」セレクト米10種をその場で精米して販売している"「コメ展」サテライトブース in 東京ミッドタウン"は3月26日(水)まで限定開催です。ぜひ展覧会とあわせてお楽しみください。

2014年3月8日、「コメ展」ディレクターの佐藤 卓、竹村真一によるオープニングトーク「まったくのいきもの、まったくの精巧な機械」を開催しました。

2007年に二人が恊働して企画した展覧会「water」を始まりとして、様々なリサーチ、意見交換を経て開催に至った「コメ」をテーマにした展覧会。

まず「既知の未知化」という言葉とともに、水からコメへ発展してきたこれまでの経緯が語られました。「water」開催前に、竹村が佐藤に語った「牛丼一杯に2,000リットルの水が使用されている」という事実。普段の生活において、いかに当たり前に捉えられているものが知らないことに満ちているということを、今回はコメをテーマに、デザインを通して表すことを試みたと両者は述べました。
さらに竹村は「日本食が世界遺産となる一方で、一汁三菜の日本の食文化が消えつつある。日本食は無形文化遺産にあたり、これが"人々の中に生きている"ことに基づくことを考えると、やはりもう一度見つめ直す、リ・デザインの必要性があるのでは」と続きました。

また、様々な分野によって社会が成り立つ現代において、竹村は「様々な分野を扇の要として総合値とするものが必要。それをデザインが担えるのではないか」と語りました。

そして展覧会の作品紹介にトークは進行。「コメ展」はコメづくりの現場と繋がっていること、コメの多様性にもう一度目を向けることを重点とし、千葉県成田市「おかげさま農場」にて企画チームが、手作業による苗づくりから収穫に至るまで体験したことや、全国のコメづくりに携わる方々と恊働によって、多くの作品が制作された模様が紹介されました。今回のトークは、コメの再発見にむけ、企画チームの辿った旅路が語られる貴重な機会となりました。

文化服装学院インダストリアルマーチャンダイジング科2年生のみなさんが、昨年12月に「日本のデザインミュージアム実現にむけて展」を鑑賞し、今年3月の授業最終日に、デザインミュージアムについて各自のプレゼンテーションを行いました。

プレゼンテーションのテーマは「展覧会をヒントに、未来のデザインミュージアムについて思うこと、形や仕組みのアイディアなどを自由に考えてください」。学生たちは、それぞれが感じた問題点やアイディアを、発表にむけてまとめました。

普段はあまり考える機会がないというミュージアムについて、服飾の学生ならではの新鮮な意見が飛び交ったこの時間は、未来のデザインミュージアムにむかう、ひとつの大切な一歩であることは間違いありません。
展覧会は2月に終了していますが、その後もこのような授業を継続してくださいました先生と学生のみなさま、ありがとうございました。

現在、東京ミッドタウンで開催中の「Eクリ@東京ミッドタウン 2014」に、昨年21_21 DESIGN SIGHTで開催し、好評を博した「デザインあ展」の展示の一部が登場します。

「Eクリ@東京ミッドタウン 2014」は、「デザインあ」「ピタゴラスイッチ」「テクネ 映像の部屋」など、NHK Eテレで放送中のクリエイティブな番組が一同に会するイベントです。2つのコーナー展示の他、東京ミッドタウン内20カ所をめぐるラリーイベントを展開し、つくること、表現することの豊かさを届けます。

ガレリア3階のサントリー美術館横にて、「デザインあ展」より「『あ』ら!」「解散」「ちょうどいい」の3作品がご覧いただけます。21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「コメ展」、ガレリア地下1階の「『コメ展』サテライトブース in 東京ミッドタウン」とあわせて、ぜひお楽しみください。

「Eクリ@東京ミッドタウン 2014」
日時:2014年3月8日(土)- 30日(日)11:00 - 21:00
会場:東京ミッドタウン ガレリア
>>詳細はこちら

21_21 DESIGN SIGHT 企画展「デザインあ展」会場風景(撮影:吉村昌也)