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『コメびと日誌』第1回

2014年3月26日 17:26コメ展,自然

「コメ展」を盛り上げるのは、コメや参加作家だけに留まりません。コメと真摯に向き合ってきた「コメびと」たち、彼らの言葉と眼差しには、食卓からは伺い知ることのできないコメの多彩な有り様が映し出されます。ここでは、展示に秘められたコメびと達の息づかいを、取材時のエピソードを交えてお届けします。(記:奥村文絵)

【第1回:2013年9月25日】

*松下明弘さん(稲作農家:静岡県藤枝市)
稲本来の生命力を発揮させる稲作を研究し、無農薬有機農業による酒造好適米育成や新品種の開発に成功。著書「ロジカルな田んぼ」を出版。

*長坂潔曉さん(安東米店:静岡県静岡市)
90年に安東米店四代目となる。以来、コメにのめり込み、コメ食の普及に奔走する。「田んぼからお茶碗まで」がモットー。2004年五つ星お米マイスター取得。2005年第16回優良米穀小売店全国コンクール農林水産省総合食糧局長賞受賞。

仕事、趣味、特技はひとつ。

「仕事、稲作 趣味、稲作 特技、稲作」。名刺の裏にこう書く農家がいる。静岡県藤枝市の松下明弘さんだ。田んぼを父親から譲り受け、稲の生態を徹底的に研究し、無農薬でも雑草の生えない田んぼをつくることに成功した松下さんは、スーパーマンならぬスーパー農家として、今、ちょっと話題の人だ。

貧しさの中で学んだもの

松下さんが最初に就いたのは機械関係の仕事だった。その後、エチオピアへ渡り農業指導に従事したことをきっかけに、農薬や化学肥料を使わない農業を追求していくことになる。松下さんは「常識」を信じない。日本人の常識では貧しく見えたエチオピアの農業。その「非常識」にこそ、たくさんの気付きがあったからだ。帰国後、帰来の研究肌が相まって、無理だと言われていた酒造好適米山田錦の有機栽培を可能にし、巨大胚芽米「カミアカリ」という新品種の育種に成功。これは市井の農家としては前代未聞の功績だ。

コメを作るのは稲

松下さんは「僕は稲作農家。米農家じゃない。」と断言する。そうだ、コメを作るのは稲なのだ。太陽エネルギーを利用して葉が光合成を行い、デンブンや酸素をつくり出す。このデンプンが子房いっぱいに満ちてくると、今度は固まり始める。コメとはこの固まりのこと。だから、おいしいコメを作るためには、まず製造元である良質な稲が必要になる。松下さんはまるで稲の声を訊くかのように、松下さんは優しい眼差しで田んぼに立つ。「主役は田んぼ、主役は稲。ぼくはただそれに寄り添うだけ。」その言葉ひとつひとつから、既知の未知化がみるみる広がっていく。

おいしさの話

「生産者がおいしい米、おいしい米って自分で言うけれど、僕は言わない。おいしさは食べる人が決めるものだから」松下さんは、昨今のコシヒカリに偏りすぎる傾向を冷静に見つめている。「おいしさにはもっと多様性があったほうがいいと思う」彼の田んぼには、何種類もの稲が並ぶ一角がある。黒米、赤米、芒の長い米、短い米、コメにこれほどの種類があるのかと驚かされるほどだ。「それとさ、甘い、粘り、柔らかい。それ以外にコメの味を表現する言葉がもっとあってもいいよね。だってコメはこんなに多様なんだから」

類は友を呼ぶ

松下さんには、かけがえなのないパートナーがいる。「コメ屋の役割は、田んぼからお茶碗までを見える化すること」という安東米店の長坂さん。彼もまたちょっと変わったコメ屋さんだ。コメの「作為のない美しさ」こそ、美術大学で学んだデザインの原点だと気づき、逃げ回っていた家業を継ぐことを決心した彼は、松下さんについて稲作の勉強を始めた。稲作の手間ひまを知るからこそ、その価値を食べる人に伝えることができる。「人にはそれぞれ役割がある。松下は稲をつくり、僕は米を売る。そしてそれを食べる人。三者を繋ぐのも僕の仕事」松下さんが稲作に没頭できるのも、長坂さんの存在があってこそだ。

コメのある暮らしをデザインする

安東米店は楽しい。糠の香りが漂う店内には、珍しい稲の見本が吊り下がり、木製什器にはたっぷりのコメが客を待つ。栽培方法、おすすめの食べ方を記したポップに、長坂さんの味わいのある手書き文字が踊る。欲しいコメが見つかったら、枡で量ってもらい、好みに精米してもらえばいい。待つ間に目に飛び込んでくるのは、ひと抱えもある羽釜だ。自らコメを炊きに出かける"スイハニング・インターナショナル"の活動は、昨年とうとう海を越えてフランスに到達した。炊飯+ing=スイハニング。安東米店=アンコメ。もっともっとコメは楽しくなれる。「コメ屋はコメとの出逢いを売らないとね」デザインという窓からコメを見つめて出来上がった、長坂流コメ屋のカタチ。それは「コメのある暮らし」を売るアンコメワールドなのだ。

コメの笑顔

私が訪れたのは十五夜が過ぎて、秋分を迎えた頃だった。稲穂は重たそうに頭を垂れて黄金に輝いている。田んぼを案内しながら、松下さんが時折「切れてるなぁ」とつぶやいた。同行する安東米店の四代目、長坂さんもまた「切れてるねえ」と返す。収穫に向けて水を抜いた田んぼからは湿り気がすっかり抜けきって、稲穂はいい具合に枯れている。松下さんの田んぼは、明らかに周りの田んぼと違う。ひと株ひと株がしっかりと自立し、こんがりと焦げたトーストのような乾いた感触。これが収穫時の稲穂の理想の状態なのだという。松下さんはこの「切れている」という表現がお気に入りだ。「切れてるなぁ」「切れてるねえ」「切れてないね」「だめだね」田んぼを見ながら二人が繰り返す。その後ろ姿がなんとも楽しそうなのだ。真剣に生きる人をこんな風に笑わせるコメ。二人が写った写真にコメのチカラが溢れていた。

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