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21_21放談 vol.1 佐藤 卓×深澤直人 「僕たちのデザイン事始め」 前編

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21_21 DESIGN SIGHT ディレクターの佐藤卓と深澤直人は、美術大学進学をめざしていた浪人時代、東京・お茶の水にある同じ予備校に通っていました。当時、面識はなかったそうですが、今回久しぶりにお茶の水の街を訪れたふたりが、デザインに目覚めた頃と現在を語ります。

深澤直人、デザインに目覚める


深澤
どんな予備校生だったんですか?
佐藤
まじめだったよ。髪の毛は長かった。
深澤
僕も。
佐藤
ロック聴いてた?
深澤
いや。髪の毛だけ。短かったらおかしい時代だった。
佐藤
美大に行こうと思ったきっかけって何だったの?
深澤
もともとは家業を継ぐつもりで、工業高校に行っていた。高校3年まではバスケに夢中だったんだ。インターハイが終わってから初めて進路を考えたわけ。図書館で『蛍雪時代』っていう雑誌を見ていて、いろいろな大学を紹介している特集号だったんだけど、「工業デザイナーとは、工業製品を通じて人に夢を与える仕事」って書いてあった。それで、これだ! と。それまでデザインのデの字も知らなかったけど、即決した。
佐藤
そのときにはデザイナーが何をやるのかなんてわからないんでしょう?
深澤
うん。なんか図面を書く人かなってくらいでさ。で、美大をめざして最初は見よう見まねでデッサンを描きはじめたんだけど、いくらなんでもそれじゃだめだろうってさ、芸大の卒業生が地元に戻って開いていた美術系の予備校に行った。女学生ばかりでさ。俺、男子校だったもんだから、デッサンよりそっちのほうに目がいっちゃって(笑)。で、ひととおり全部の美大を受けたんだけど全部落ちた。それでお茶の水の予備校に入り、浪人生活が始まったわけ。
佐藤
日本の美術教育ってまず石膏のデッサンだけど、面白かったと思わない? 先生に、おまえはうまいけど心がこもっていない、とか言われるんだよね。
深澤
俺は当時、そのへんにあるものをそのまま描けばいいと思ってた。いきなり全体をとらえろとか言われて、そういう見方もあるのかと思って。どんどん面白くなっていくわけだよね。朝なんて始発で来て、場所とりをする。
佐藤
うんうん、シャッターが開く前に並んで、開いたとたんに駆け込んで石膏像の前に場所をとるんだよね。あのときほどひとつのことに集中したことはないんじゃないか、と思うほど石膏デッサンに集中してたよね。
深澤
ものを立体的にとらえる、そういう目を鍛えたのは、美大というより予備校時代。このお茶の水界隈が、デザインやアートを一気に吸い込んだ時期だよね。
佐藤
そうそうそう。ここでの経験が基礎になってる。
佐藤 卓、グラフィック・デザイナーをめざす


深澤
卓さんは予備校に通っていた当時、デザインやるって決めてたの?
佐藤
親父がデザインやってたんだ。
深澤
なんのデザイン?
佐藤
グラフィック・デザイン。
深澤
おお! すごいじゃん(笑) 2代目、純血じゃん!
佐藤
小学生のとき、「卓ちゃん、お父さんは何をやっているの」って質問されたら何て答えればいいの? と親父に聞いたら「グラフィック・デザイナーといいなさい」と言われた。なにしろグラフィック・デザイナーが何をやってるかなんてわかんないんだけど、親父がやっていることがそうなんだろうと。石油タンクのデザイン、百貨店や吉祥寺駅前の小さなお店のシンボルとか。グラフィック・デザイナーってのは立体もマークもやるもんだと。
深澤
それは情報的に早いよね。
佐藤
デザイナーになろうと思ったきっかけは、LPジャケット。だから、きっかけもグラフィックなんだよ。高校の頃からロックとかブルースとか聴きまくっていたから。そうすると音楽が入ってくるし、ミュージシャンのファッションも入ってくるし、LPジャケットのデザインも入ってくる、文字も入ってくる。ロックという音楽のレールに乗ってすべて来るわけじゃない。グラフィック・デザインってのはよくわからないけど、とりあえずそれだと。で、美大に行くためには予備校ってのがあるらしいと。それで高校3年の夜間からここに通ってた。
深澤
そのころデザインと思っていたことと、今とはあまり変わらない? 
佐藤
それは変わった。はるかに。
深澤
今はデザインって、ある程度一般的になっているけど、そのころ美大に行くなんて、俺たちはかなり変わり者扱いされたでしょ。
佐藤
そうだったと思う。だってクラスにひとりぐらいしかいないし。美術系に行くというのは特別なことだから、担任の教師からも、もうわからないと言われた。デザイナーになるなんて特別なこと、みたいな時代だったよね。それがいま、学生の前で話すときに「特別じゃなくていい」と言っているわけだよね。
深澤
そうそう。僕はたまたま美大をめざして純粋培養的にデザイナーになったけれど、もしかしたら別のことに興味があり勉強していた人が、ポテンシャルを持っていることもあるだろうと今は思うよね。考えてみると、僕らが勉強をはじめたころは、確固たるデザインという言葉があって、ゴールをめざすというふうに思いがちだった。でも今は違ってきている感じがする。デザインやアートの世界には、そんな決まった道筋なんてのはないんだよね、きっと。自分で探っていくしかない。そういう意味で、予備校で夢中になって勉強できたのはラッキーだった。

放談vol.1 後編へつづく