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「私の一光さん」Vol.44 紀国憲一
企画展「田中一光とデザインの前後左右」にあわせ、生前の田中一光を知る多数の方々よりお寄せいただいた、貴重な思い出の写真や資料を連載で紹介します。
山中湖、Vハウスにて。
忘れられない思い出がある。1977年、N.Y.で一光さんに誘われキース・ジャレットの演奏を聴きにいった。深夜2時からの演奏というのにビレッジ・バンガードは満員。演奏が終わると興奮した聴衆はしつこく手拍子でアンコールを要求した。ところが聴衆を静止したジャレットは意外にも不機嫌な態度で、「私は今この一時間の演奏に全身全霊を捧げた。演奏が終わった私の体は、魂もエネルギーも抜けた蟬の殻だ。そんな私にあなた方はまだ演奏を強要するのか」と開き直り、アンコールには応えず、彼は自分の創作活動への精神的、感覚的、肉体的な血みどろの努力について長々と語り始めた。
私はその夜のジャレットに感動した。ひとつの演奏に完全燃焼するすさまじい集中力、そして半端なコンディションで安易に聴衆におもねることをしない頑固さ。秀れたアーティストが自己を新しい創造に駆り立て、完全に向かうプロセスへの徹底したリゴリズム。私は毅然としたキース・ジャレットの姿に、なぜか一光さんを重ね合わせていた。
(コメント、キャプションは全て提供者による)