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川上典李子のデザインコラム Vol.2
東京国立近代美術館
「日本のデザインミュージアム実現にむけて展」企画協力でジャーナリストの川上典李子によるデザインコラム。本展のために行ったリサーチから、各国のデザインミュージアムの現状や日本のデザインミュージアムの未来像を、連載でお伝えします。
前回のコラムでは、海外のデザインミュージアムの例をとりあげました。今回は、日本におけるデザインに関するコレクションの様子を見ていきましょう。まずは、東京国立近代美術館をご紹介します。工芸課主任研究員の木田拓也氏にお話をうかがいました。
──まずは東京国立近代美術館工芸課の収蔵品の概要をお教えいただけますか。収集の視点についても、ぜひお教えください。
木田氏:工芸館の収蔵作品としては、「工芸」は2,365点、「デザイン」は923点になります。
工芸に関しては、当館では、基本的には近代の個人作家が制作した作品をコレクションの対象としています。陶磁、漆工、金工、染織、ガラスなどで、人間国宝の認定を受けた工芸家による作品が重要な柱になっています。工芸に関しては、日本の近代工芸の歴史的な流れをたどることができる、名品ぞろいの充実したコレクションになっていると自負していますが、デザインに関しては、いまだ体系化を意識するような段階には至っていません。デザインに関しても、基本的には、誰がデザインしたかという視点で、デザイナーが特定できるものがほとんどです。
──デザイン分野の収蔵品は、大きく二つに分類したうえで行われていますね。
木田氏:はい、「デザイン」としての収蔵品は、分類上は「工業デザイン」と「グラフィックデザイン」としています。「グラフィックデザイン」はポスターがほとんどです。「工業デザイン」というと領域としてはかなり幅広くなりますが、内容的には、クリストファー・ドレッサーのテーブルウエアや、アール・デコの家具、戦後の森 正洋先生のテーブルウエアなどのように、「工芸」と隣接しているものがほとんどとなっています。
──所蔵作品決定はどのようになされるのでしょう。また、近年新たに追加された所蔵作品がありましたら、お教えください。
木田氏:作品の収蔵にあたっては、他の作品も同じですが、購入するにしろ、寄贈を受けるにしろ、毎年1回開催される外部の有識者で構成される委員会を経て、正式にコレクションに加えられます。近年コレクションに加わった重要作品としては、バウハウスのマルセル・ブロイヤーの『肘掛け椅子』(1922-25年頃)、マリアンネ・ブラントの『ティーセット』(1925年頃)があります。
直近では、原 弘(1903-1986)先生のポスターがコレクションに加わりました。原 弘先生には、1952年の東京国立近代美術館開館以来、20年以上にわたって当館の展覧会のポスターをデザインしていただいていました。「コレクション」とすることもないまま、内部資料として、館内にただ保管してあったのですが、2012年、当館の開館60周年を機に、「原弘と東京国立近代美術館」展を開催してこれまで当館のために手掛けていただいたポスターなどを展示しました。その後、ポスターや印刷原稿など約200点を正式に「コレクション」として加えました。
──グラフィック関係の収蔵作品では特定の制作者を軸として多数の作品が集められている様子がうかがえます。工業製品に関しては今後、どのような計画をたてていらっしゃいますか。
木田氏:確かにグラフィックデザインに関して、1990年代中ごろから2000年頃までは、作品収集を前提に回顧展を開催していました。日本のグラフィックデザインに関して、杉浦非水、亀倉雄策、福田繁雄、田中一光、永井一正各先生のポスターがまとまって収蔵されているのはそうした経緯があったからです。その一方で、プロダクトデザインに関して意識的に収集を開始したのは2000年ごろからと記憶しますが、やはり展覧会を開催した後、その出品作の一部をコレクションに加えるというかたちをとっており、森 正洋、小松 誠先生らの作品が加わりました。
──貴館では1920年代〜1930年代の作者不明のプロダクトも収蔵されていますが、同様に作者不明の品々、またアノニマスデザインを収蔵される可能性はありますか。海外のデザインミュージアム関係者と話をしていると、デザインの起源としてのアノニマスデザインに興味を抱く方がおり、私もそうした方々から日本のものづくりに関する質問を受ける機会が増えました。
木田氏:そこがやはり当館では悩むところです。確かに、アール・デコ時代のコンパクトやライターなど、「作者不詳」のままコレクションになっていますが、ひじょうにイレギュラーなケースです。工芸作品の場合、原則として個人作家のものにこだわって収集してきているので、デザイン分野においても、アノニマスデザインなど作者不明のものは、基本的にはコレクションにはしにくいと思います。
──展覧会と収蔵作品の関係はどのようになっているのでしょうか。
木田氏:東京国立近代美術館では1995年から、小規模ながらデザインの企画展を毎年開催しています。当初は京橋のフィルムセンターの展示室で、2002年からは本館(竹橋)の2階のギャラリー4で行っています。デザイン作品をベースにした所蔵作品展としては、例えば、「アール・デコ展」などのようにある時代に焦点を当てたもの、あるいは花や動物などといったようなモチーフをテーマに取り上げる場合などは、工芸とデザインの区別なく展示する場合があります。
──今後、新たに収集を行う予定の分野、あるいは特に収集に力を入れていく分野がありましたら、お聞かせください。
木田氏:やはりこれまでと同じように、デザインに関する展覧会を開催し、その展覧会から収蔵品に加えるというかたちで、少しづつコレクションを膨らませていくというのが、基本的な路線になると思います。当館の美術作品や工芸作品のこれまでの収集方針からいって、数をむやみに増やすことよりも、デザイン史というものを描き出そうとするときに欠かせないデザイン作品、しいて言えば、それがデザインの「名作」ということになるかと思いますが、それをコレクションに加え、それを軸に内容を膨らませていくというのが基本姿勢になると思います。
──最後に、日本のデザインミュージアムについておうかがいいたします。
日本の美術、工芸、デザインの研究や収集・展示に関わる立場で、「日本のデザインミュージアムの実現」に向けて今後、どのような点や考え方が重要になると感じていらっしゃいますか。
木田氏:近年、「デザインミュージアム」構想がさかんに議論されていますが、個人的には、「デザインミュージアム」はぜひ実現してほしいと思います。というのも、デザイン作品や資料を貪欲に受け入れる受け皿がこの日本には必要だと思うからです。「美術館」という組織のなかで働く一人として痛感するのは、美術館というのは、どうしても「名品主義」のようなところがあり、デザイン作品のように複数あるものはどうしても軽視してしまうということです。いつでもその気になればコレクションに加えられるという気がするので、後回しになってしまうのです。それと「作品」にこだわるあまり、その周辺資料などを軽視しがちだということがあります。
デザインに関しては、完成した「作品」そのものももちろん大切ですが、デザイナー自身の思考の痕跡、悩みやひらめき、霊感の源泉を実証的に示すものというのは、じつは「作品」となる前の下図やマケット類など周辺資料に含まれているのであり、そうしたものにこそ、資料的に高い価値があるといえます。デザインミュージアムというのは、そういうものをとりこぼすことなく、貪欲に収集し、整理し、公開する施設であってほしいと思います。
──従来の美術館とはまた異なる役割も必要となってくるのではないでしょうか。
木田氏:「デザインミュージアム」が実現できるとすれば、うやうやしく作品を鑑賞する「美術館」とはやや性格の違うミュージアムであってほしいと思います。デザイナーを「天才」として権威づけるような場所ではなく、デザイナーを取り巻くさまざまな方々──スタッフはもちろん、アイデアを実現する生産現場の方々、広告宣伝に関わる方々などさまざまな職業の方々──が創意工夫しながらデザイナーのアイデアを実現するために知恵を絞っている、そうした現場の臨場感やその記憶をとどめる周辺資料も含めて収集展示するような、そんなミュージアムであって欲しいと思います。おそらくそれは生き生きとしたアーカイブに近いような性格のものではないか思います。
また、「デザインミュージアム」は、たんなる産業博物館のような「モノの墓場」になってもらいたくないと思います。そのミュージアムを訪れる誰もがそうした先達の経験や叡智に触れ、それを糧に、新しい日本のものづくりの未来を切り拓いていこうとする前向きな気持ちになれるような、そんなエネルギーの源泉として機能するようなミュージアムであってほしいと思います。さらに欲を言えば、これからの人とモノとの関係というものを考える場でもあってほしいと思います。
──東京国立近代美術館の収蔵作品の考え方から、日本におけるデザインミュージアムの可能性まで、貴重なお話をありがとうございました。
文:川上典李子
*木田拓也氏も登壇するトークを開催します
2014年1月11日(土)14:00 - 16:00
他の登壇者は、鄭 國鉉氏(ソウルデザイン財団 東大門デザインプラザ 総監督)、坂本忠規氏(公益財団法人 竹中大工道具館 主任研究員)です。
>>トーク「現場からみる、デザインミュージアムの可能性」