contents
ソットサスさんの新作「カチナ」探訪
展覧会ディレクター 関 康子によるウェブコラム
「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」展への道 第5回
本展のもう一つの柱が、巨匠エットレ・ソットサスさんの世界初公開、アートピース「カチナ」シリーズです。今回は、カチナを巡るお話をいたします。
カチナって?
「カチナ」は、ネイティブアメリカンが信仰する超自然的な存在=精霊で、カチナドールはそれをかたどったもの。先住民族のグループによってさまざまな表現があって、現在ではアートとしても高く評価されています。人々の想像力を駆り立てるカチナドールは、ソットサスにその魅力を伝えたアメリカのデザイナー ジョージ・ネルソン(1908-1986)他、日本ではアーティストの猪熊弦一郎(1902-1993)など、多くのアーティストを魅了しました。
ソットサスは「カチナは、超自然的な存在でもあるが、かといって神でもないし、人間でもない。それは、未知なる者の魂、未知なるすべてのものの魂だ。それは、天空やつぼみの精霊であったり、あるいは怪物翁やトカゲの魂・・・」と語っていますが、私も、偶然、カチナドールと出会っていました。数年前に友人と3人でアリゾナ州を旅行していた折、フェニックスにあるネイティブアメリカンのアートで名高い「Heard Museum」を訪問していたのです。アリゾナやニューメキシコなど彼らが暮らす地域を旅していた経験も、ソットサスのメッセージを理解する手掛かりとなり、あるいはイメージが五感を通して追体験でき、本展をまとめるうえで大きな助けとなりました。ソットサスは「人生、生命というものは感覚中心のもの。われわれが何かを知る上では、触ったり、見たり、聞いたり、という五感による知覚のほうが大きい」と言っていますが、確かにうなずけます。私が撮影してきた「精霊の住む原野」を少しだけ、おすそ分けしましょう。
「カチナ」制作現場
今回のカチナシリーズは、ソットサスが最晩年に描いたスケッチをもとに、ベルギーのギャラリー・ムルマンのプロデュースにより、フランス・マルセイユの手吹きガラス工房「シルヴァ」にて製作されたもの。世界初公開です。シルヴァはソットサス作品を多く手がけており、人間味豊かで愛にあふれたソットサスの世界観を再現できる高度な技術を持った工房です。
ギャラリー・ムルマンは、ソットサスにとって「倉俣さんにとってのイシマルさんのような存在」で、彼の1点もののファニチャーやオブジェを制作、発表。販売も手掛けています。
そのムルマンさんを、本展コーディネイター、小野寺舞さんが昨年秋に訪問してきました。ムルマンさんは、ベルギーにある工房や自宅とそこから車で15分ほどのオランダにあるギャラリーを行き来する、まさにユーロ人を体現したような人物。自宅や家具もソットサスの設計で、いまだ制作待ちの家具が30点近くもある状態だそうです。少しずつ手を入れて、気に入った空間を手に入れる・・・そうしたヨーロッパ人のこだわりは私たちも学びたいところです。そんな小野寺さんの感想は
「デザイン史で勉強したソットサスや『メンフィス』の代表的なデザインには、80年代の日本のバブルを象徴するような過度な装飾性を感じていました。ところがギャラリー・ムルマンの事務所がある古い石造建築のなかでは、その素材や色の強さが新しい魅力をもって見える。前衛的であると同時に、その背景となるヨーロッパの文化もどこか匂わせるそのデザインに、ソットサスが世界のデザイン界に与えた影響力の強さを感じずにはいられませんでした。
完成したカチナはほんとうに精霊が宿ったようで、不思議な存在感に圧倒されました。ギャラリーの工房では、存命中のソットサスが色指定をしたというガラスのサンプルも見せていただきました。ヨーロッパでガラスの生産地として知られる場所はいくつかありますが、今回はフランスのシルヴァに制作を依頼。ソットサスのドローイングの赤を再現するために、2~3色のガラスを重ねて透明感と奥行きを出したり、真っすぐではないかたちを吹きガラスでつくったりする技術はやはりシルヴァが秀でていたそうです」。
そのカチナたち、今、まさに日本に向かって旅立つところ。倉俣さんの夢、ソットサスさんの愛・・・二人のデザインをぜひ、体感してください。