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ドミニク・チェン特別寄稿「わかりあえなさをつなぐこと」後編

2020年10月16日よりはじまる企画展「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」
この特別寄稿では、本展オープンに先駆け、展覧会ディレクター ドミニク・チェンが自身の半生と翻訳について語ります。後編では、「わかりあえなさ」から出発するコミュニケーションのあり方、そして同展のコンセプトや展示作品に触れます。

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今日、社会に流通する情報量は増え続け、「いいね」やリツイートといったSNSの論理によって表面的な共感が拡散しています。一方で、同じ街や国に住んでいる者同士にとっても、深いレベルで理解しあえる包摂的なコミュニティの姿は、いまだ蜃気楼のようにおぼろげではないでしょうか。このような状況で、情報技術と人間存在を対立軸で捉える議論は多くあります。他方でインターネットは人の認知を拡げ、それまではアクセスできなかった知識を開放し、他者や世界との新たなつながり方を顕在化させてきました。情報という概念を、ただの事実の羅列としてのデジタル・データではなく、思考を「かたちづくるもの(in-formatio)」と捉えれば、言葉と文字という人類が最初に獲得した「情報技術」とコンピュータをつなげて考えられるようになります。
現在、瞬間的に理解可能なコミュニケーションが社会的に推奨されています。しかし、そのような拙速な方法では、ノイズやエラーといった本質的な価値の源泉が捨象されるだけでしょう。逆に、わかりやすさ、わかりあえるという信念に飛びつくのではなく、わかりあえなさから出発することはできないでしょうか。すぐに解決したり乗り越えようとはせず、ただ互いの差異を受け容れあい、いつか他者の一部が自己を形成していることに気付ける、そのような「未来の言葉」を探したいと思うのです。
わたしはこれまで、子どもの誕生に際して変化した死生観に着想を得て、不特定多数の人々が遺言を執筆するプロセスを集めた作品「Last Words / TypeTrace」や、発酵微生物とコミュニケーションしながら共生するためのインタフェース「NukaBot」といったプロジェクトに携わってきました。それらはどれも、人工知能やインターネットを活用しながらも、遅くて、非効率だけど、互いの気配や息遣いに注意を向きあうための「言語」です。人が、使う言葉によって、そしてその言葉の中で、かたちづくられるとすれば、わたしたちは自らが望む姿に変化していくための言葉を生み出すこともできるはずです。それはしかし、自分や他者を他律的に変えてしまおうとする計画であってはなりません。他者との自然な交わりのなかで、自ずから、相互に変わるべくしていつのまにか変わっている。そのような自然のプロセスを生きるための「言語」の姿を浮き上がらせたいと思います。そのためには、異質な他者同士が互いの言葉を翻訳しあうことが必要になるでしょう。

dividual inc.「Last Words / TypeTrace」
遠藤拓己とのユニットdividual inc.の作品。あいちトリエンナーレ2019に出展、SNS上では「#10分遺言」のハッシュタグを用いて2300人から遺言の執筆プロセスを集めた。
Ferment Media Research「NukaBot v3」
発酵デザイナー小倉ヒラク、研究者ソン・ヨンア、プロダクトデザイナー守屋輝一、三谷悠人、関谷直任と共同で研究開発を行っている。ぬか床の中に棲む無数の微生物たちの発酵具合を音声に翻訳するこのロボットは、トランスレーションズ展にも出展される予定

以上のように「翻訳」について考えながら、21_21 DESIGN SIGHT企画展「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」の展覧会ディレクターを務めています。今は、参加アーティストやデザイナー、研究者の作品展示を通して、来場者の「翻訳」の定義が変化したり、増えたりしていける展示空間を目指しています。
展覧会の全体的な流れとしては、まずは自然言語の翻訳を体感することから始まります。Google社と協同で、機械翻訳の情報処理過程を体験的に理解できるインスタレーションを制作しているほか、多言語話者が作るクレオール〔混合言語の一種〕、「翻訳不可能な言葉」の多言語データベースといった自然言語をテーマにした作品が並びます。続いて、非言語の感覚同士の翻訳が登場する。モールス信号や手話を使った翻訳、スポーツを別の行為に翻訳するプロジェクト、そして言葉にしづらいモヤモヤを会話とグラフィックレコーディングによって解きほぐすワークショップ映像が展示されます。そして後半では人間と微生物や動植物といった、人間以外の存在との間での翻訳をイメージさせられる展示構成になっています。

ペイイン・リン「言葉にならないもの−第4章:個人的な言語」
複数の言語が話される家庭や環境では、意思疎通において、言語が混ざり合う。そうして生成された言語を「クレオール」と呼ぶ。本映像作品では、クレオールを用いる人々が、自らの物語を紡ぎ、語る様子を紹介する。
伊藤亜紗(東京工業大学)+林 阿希子(NTTサービスエボリューション研究所)+渡邊淳司(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)「見えないスポーツ図鑑」
プロアスリートの感覚を誰でも追体験できるよう、日用品を使った動作に翻訳するプロジェクト。画像は、手ぬぐいを用いた柔道観戦体験の様子。

二度の延期を経てようやく開催される本展の開始が今から待ち遠しいです。来場者の皆さんにも「翻訳」の広がりを想像し、「わかりあえなさをつなぐ」可能性を実感してもらえるように、引き続き展示の準備を進めていきます。

初出:yom yom(新潮社)vol.60 2020年2月号「翻訳人生――『未来をつくる言葉』」
このテキストは上記初出記事を基にして21_21 DESIGN SIGHT用に改訂したものです。

写真:望月 孝

ドミニク・チェン:
1981年生まれ。博士(学際情報学)。特定非営利活動法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現・コモンスフィア)理事、公益財団法人Well-Being for Planet Earth理事、NPO soar理事。NTT InterCommunication Center[ICC]研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部表象・メディア論系准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。2008年度IPA(情報処理推進機構)未踏IT人材育成プログラムにおいて、スーパークリエイターに認定。日本におけるクリエイティブ・コモンズの普及活動によって、2008年度グッドデザイン賞を受賞。著書に『謎床』(晶文社)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』(フィルムアート社)など多数。訳書に『ウェルビーイングの設計論:人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社)など。