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デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法 (11)
2017年1月14日、企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」に関連して、トーク「『好奇心』て、どこから来るの?」を開催しました。トークには、脳科学者の茂木健一郎と、グラフィックデザイナーで本展ディレクターの佐藤 卓が登壇しました。
「好奇心」はどのように生まれ、育まれるのでしょうか。茂木は、自我から解放されることだと述べ、自我から解放された時こそが自由で、喜びを感じると見解を続けます。
佐藤は何事にも熱中している時は自我を感じないと述べ、自分自身のグラフィックデザイナーとしての経験を踏まえ、「好奇心」と「個性」について語ります。様々な場面で「自分らしさ」を問われることがありますが、実際に「自分らしさ」を探さなくても、好奇心に満ち溢れて探求している時が最も「その人らしい」と語ります。好奇心をもって様々なものを探し求めることは、自分の感性で方向性も決まるため、見つかったものから自ずと個性が投影されていると見解を述べます。
次に、好奇心が発するためには自他の分裂、自分と対象の関係の成立について、「対話」を例に挙げて語ります。 対話というものは、その人についての意外な事実を見つけることのできる対話が重要なのだと茂木は続けます。その対話を成り立たせるためにはお互いに興味を持ち、それを引き出すことが肝心で、アートとデザインにも共通すると語ります。他人に興味を持ち、知ることで制作者の声が届き作品からも説得力が生まれると両者は続けます。
色々な角度から物事をみることは、「好奇心」というものが原動力になります。
「美意識や感覚の方向性を示すことが人間の役割」と茂木がトークの終盤で語り、デザインやアートの行動の原点を脳科学の視点から探り、新たな共通点を発見するトークになりました。
企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」に企画制作協力として関わっているのが岡崎智弘。今回の仕事や見どころを語ってもらいました。
(聞き手:川上典李子)
—会場では「デザインの解剖展」の300近いコンテンツを自由に見ていただき、考えるきっかけにしてもらいたいというのが21_21 DESIGN SIGHTの願いでもあります。そうした「見方」のヒントとして、「ここは!」という例のいくつかを岡崎さんから挙げていただけますか。展覧会最終日まで残りわずかとなりましたが、これから来場くださる方や、閉幕前に再度いらしてくださる方に参考にしていただけるかと思います。
たとえば、ブルガリアヨーグルトの情報構造。パッケージの文字や図柄の重なりから、情報の構造や配置を観察できる展示ですが、なかでも「乳」の一文字が突出しているんです。使用アレルギー物質を表示する小さな文字情報のひとつでありながら、重要な文字情報として、最も高い階層として考えられていることがわかります。このように考えられた情報の階層、構造は、平面のグラフィック表現となった際にも目立ち、きちんと見てとることができるのです。グラフィックデザインの役割について改めて考えることのできる良い例だと思います。
きのこの山の正面外装グラフィックについては、1つだけ白いパッケージの展示になっています。1985年の2代目パッケージですが、企業の収蔵もなく、コレクターも見つけられていない。どこにもないというミステリアスな面もさることながら、量産されて流通し、あたり前のように生活のなかにあるものがこうしてゼロになるという状況、これはすごいことだと思いませんか。2代目パッケージがどこかにあることを知っている方がいたら、ぜひとも教えてください。
商品それぞれに容器の形や材質、包装の構成要素や印刷を解剖していますが、明治エッセルスーパーカップの容器を約21倍にした巨大模型は特に細部もまじまじと見てほしいものです。外蓋の構造を裏側から見てみたり、床ぎりぎりの位置になってしまいますが、底の内側部分も細かく表現しているので、ぜひともじっくり見てみてください。これを見た後に市販されているアイスクリームのカップを切ってみたり、外蓋を広げたりしてもらえると、また新しい発見があるのではないかと思います。
会場には各製品に関する客観的な情報が並んでいますので、少しでも興味のある点があったら、情報を道具としてつかって、さらに深く踏みこみながら考えてもらえるのがよいと思います。展覧会準備の際に佐藤 卓さんが「情報に触れたひとに情報を自由に編集してもらえる構造にしよう」とおっしゃっていましたが、まさにその通りだと思います。それは僕たち展覧会をつくる側にはできないことです。
—昨年秋の「六本木アートナイト2016」の日に、岡崎さんはじめ鈴木啓太さん、中野豪雄さんと「デザインの解剖展」ギャラリーツアーの案内役をさせていただいた際、「展覧会制作に関わってみて、デザインということばが溶ける思いがした」という岡崎さんの発言にはっとする思いでした。本展に密に関わってくれた岡崎さんがいま思っていること、そこにデザインとは何かを考えるうえでの大切な点が含まれているように感じています。
量産されている身近なものを、デザインの視点、またデザインという方法論で解剖する展覧会は、ひとつの製品にこれほど多くの要素が含まれていることに気づかせてくれます。成分にしても味にしても専門の立場のひとが研究し、決定してきた結果です。このように製品をデザインの視点で解剖していくと、最小単位として「仕事」が現われてくることに気づきました。デザインということばは溶けてなくなり、仕事ということばに置き代わるような感覚でもあったのです。デザインということばがより広くなっていたり柔らかくなっているのかもしれませんが、どの仕事のどの段階でも、現状を良くするために仕事がされています。そう考えると、純粋に仕事をすることもまたデザインと言えるのではないだろうかと、考え続けているところです。「デザインの解剖」を通して、自分の職能をまっとうしている多くのひとの存在が見えてきました。デザインとはやはりひとと関係することであるということ。そのことを改めて考えています。
企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」に企画制作協力として関わっているのが岡崎智弘。今回の仕事や見どころを語ってもらいました。
(聞き手:川上典李子)
—岡崎さんにはこれまでにも「デザインあ展」(2013年)や「単位展 ― あれくらい それくらい どれくらい?」(2014年)に出展してもらっています。NHK Eテレ「デザインあ」の「解散!」コーナーでのストップモーションを活かした映像でも注目されている岡崎さんですが、ご自身の活動はグラフィックデザインが始まりだったそうですね。
はい、大学でグラフィックデザインを勉強して、卒業後は印刷を主とするグラフィックデザインの事務所に所属していました。グラフィックの視点でコマ撮りした動画をウェブサイトで紹介していたところ、中村勇吾さんからNHK Eテレで準備中だった「デザインあ」への声をかけてもらったんです。これが2010年のことで、「解散!」は番組開始の2011年春から継続しています。
このときはグラフィックデザインの考えを映像に活かすという意識でしたが、その後、グラフィックや映像といった異なるジャンルのデザインがあるのではなく、それぞれのジャンルが「デザイン」という大きなくくりに内包されているのだと考えるようになりました。 21_21 DESIGN SIGHTの「デザインあ展」も初めてとりくんだもので、お寿司の解散、本の解散、器の解散、お金の解散の4つをオブジェとしてデザイン・制作しました。表現媒体が違うと必要とされる技術はもちろん異なりますが、グラフィックにしても映像、プロダクトにしても、姿勢としては同じ「デザイン」なのだと意識しています。
—岡崎さんの幅広い活動のなかからいくつか紹介してもらえますか。
NHK Eテレの「デザインあ」と同じく2011年から継続しているものに、離島専門季刊誌『ritokei』のアートディレクションとデザインがあります。全国に数百ある離島をつなげる役目を担おうと活動している離島経済新聞から声をかけてもらい、彼らのプロジェクトをどのようにかたちにしていけるのか、またどう伝えていけるのかに関わっています。愛知県常滑市でのTOKONAMEプロジェクトでは、現地移り住んだデザイナーの高橋孝治さんをはじめとする「とこなめ会」の一員として、常滑焼きの伝統をどう今後に展開していけるのかを考えているところです。映像の仕事では、無印良品の小型収納類のプロモーションがあります。クリエイティブディレクターを務めた阿部洋介さんと、小物類を整理整頓してくストップモーションの映像をディレクションしました。
—今回の「デザインの解剖展」についてお聞きします。佐藤 卓さんの「デザインの解剖」を岡崎さんは学生時代に見ていたとか。
はい、「デザインの解剖」を初めて知ったのは学生時代、「なんなの? A-POC ー MIYAKE ISSEY + FUJIWARA DAI ー」展(2003年)の会場です。展覧会のグラフィックデザインが大学の恩師だった秋田 寛さんでした。この会場では、繊維構造の模型に「おーっ!」と驚かされてしまいました。模型を観察することで構造を自然に理解できながらも、小さなものを巨大化した奇妙なものをギャラリーで見た、という感覚です。その感覚を今でも覚えています。
—今回の展覧会については、コンテンツが膨大な量であるからか、制作プロセスに興味を持った方から私自身も多くの質問を受けています。展覧会ディレクターである佐藤さんと構成をどう詰めてこられたのか。そのやりとりの様子を改めて聞かせてもらえますか。
開幕1年半ほど前、展覧会のコンテンツを考える初期段階から参加しています。佐藤さんと検証したコンテンツ案は100以上になりました。その一つひとつの検討と、並行して進んでいた書籍におけるコンテンツも整理しながら、最終的に会場で紹介しているコンテンツは300近くあります。そのうえでこれら一つひとつの展示方法を考える作業があります。コンテンツの何かが日々細かく更新されているので、それ自体をチェックする作業からして大変で、最初はわかりやすいように資料に更新マークをつけていたりしたのですが、マークがついたことを制作チームが共有することだけでも大変でした(笑)。
これほど多くの項目を展覧会としてまとめる作業に関わるのはもちろん初めてのことです。「デザインあ」のときもそうでしたが、僕はどうも、それまでやったことのない分野の仕事に関わることが多くなる人生みたいです(笑)。情報やものを構成し、人間の知覚にかかわる要素を組み立てる視覚伝達の仕事によって社会に関与するということは共通していますが...
—解剖は、岡崎さんが「デザインあ」でとりくんでいる「解散!」とつながるところがありますね。
「デザインあ」の「解散!」は佐藤さんのデザインの解剖から生まれたひとつで「要素をよく見る」という点は共通するものです。あるものをピンセットで分解し、一つひとつを手で動かした写真を1分間の映像にまとめているのが「解散!」ですが、解散は物性を軸として、あるものの多層構造、内包構造を楽しく見ることができるように伝えるもの。今回の展覧会の「デザインの解剖」はこの解散につながるところがありながらも、味や知覚も含みながら切りこんでいる点で異なる特色があります。
客観的な価値に基づいたコンテンツを並べて展覧会にしていく佐藤さんとの今回のやりとりは、とても楽しいものでした。「デザインの解剖」における佐藤さんの一貫した考え方、すなわちデザインの視点で見る、客観的に見るということを会場でもまず伝えたうえで、僕自身大切にしたかったのは、子どもでも楽しめる展示であると同時に深い部分を理解してもらえるものであること、またその幅をどうもたせられるのかということです。
2016年12月10日、企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」に関連して、トーク「解剖学から考える"美とはどういうものか"」を開催しました。
美術解剖学をはじめとし、西洋美術から漫画までも解剖対象として研究を重ね、芸術の本質は「世界をどう見るか」であると語る美術批評家の布施英利。一方、本展ディレクターの佐藤 卓は、デザインを解剖の手段として、私たちの日常にあふれる数多くの製品を解剖し、各製品の成り立ちを徹底して検証し続けてきました。
「美術」と「デザイン」、異なる分野で活動する二人が、「解剖」「世界を見る」という共通のキーワードから、"美とはどういうものか"考察しました。
2016年11月26日、企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」に関連して、トーク「『分かる』ことと、『感じること』こと。」を開催しました。トークには、解剖学者の養老孟司と、グラフィックデザイナーで本展ディレクターの佐藤 卓が登壇しました。
「分かること」、そして「感じること」とは何か。私たちはどのように世界を認知し、ものごとに関わっているのでしょうか。分かることに本来限界はなく、感じることは現代社会において制限されているとトークは始まり、環境や社会によっていかに人々の感覚は鈍くなっているかと両者は見解を述べます。人間は意識と感覚を持ち合わせていながら、社会に暮らすうえで、自ら「感じること」を通念的な意識で抑圧するために、世界は均一化の方向に進みがちであると養老は語りました。
養老は、感覚は世界の違いをひたすら捉えていると語ります。概念上、当たり前のように存在しているものに対し、改めてそれぞれの違いを感覚に訴えかけるような現場をつくり出すこと。本展は、その違いを知るきっかけになりうると感じられるトークとなりました。
2016年11月19日、本展企画制作協力の岡崎智弘と技術協力の橋本俊行(aircord)による「みんなでカイボウ!見る方法」を開催しました。
このワークショップでは、身近なパッケージの一例として「牛乳パック」をとりあげ、解剖。パッケージデザインされる前の真っ白な牛乳パックを参加者が観察し、自分だけの解剖作品を制作しました。
今回のワークショップではまず、岡崎からパッケージデザインの役割と、解剖をするときの見方や方法について子どもたちに説明しました。子どもたちは真っ白な牛乳パックを眺めながら、アイデアを練ります。
会場に用意された本展の5製品を解剖した要素のカッティングシート、マジックペンなどを使って、夢中でデザインをしていきます。
牛乳の「生産者」について解剖した作品や、「色」「リサイクル」「文字」など、子どもたちがそれぞれの解剖の視点を持っていることがわかります。真っ白だった牛乳パックが子どもたちの自由な発想によって、新しいパッケージデザインに生まれかわりました。
最後に、制作した牛乳パックの正面、左側面、右側面、上部を撮影します。撮影した写真が一冊にまとめ、自ら「解剖本」に製本しました。自分だけの「解剖本」に子どもたちは嬉しそうな表情を浮かべます。
この解剖本に、どんな視点からデザインしたのか、パッケージから何を伝えたかったのか、一番気に入っているところなどを自分の言葉で説明していきます。
パッケージデザインの役割を学び、伝えたい情報が何かを考え、実際にデザインする体験を通じて、「つくること」「見ること」「伝えること」を楽しく体験することができ、充実した時間となりました。
わたしたちの身の回りに当たり前のように存在するたくさんの製品について改めて意識し、興味を持つ機会となったことでしょう。
先日、スタートした「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」では、広く親しまれている明治の5つの製品を、デザインの視点で"解剖"しています。
展覧会ディレクターを務める佐藤 卓に、彼が今まで取り組んできたデザインの解剖と、今回の展覧会の見どころについて聞きました。
聞き手:土田貴宏
—今回の「デザインの解剖展」で、明治の製品を取り上げたのはなぜですか。
「デザインの解剖」を始めて間もない頃から、ある企業の複数の製品を解剖して、企業というものが社会の中でどんな存在意義を持っているのか研究したいと考えるようになりました。明治は以前に「デザインの解剖」で「明治おいしい牛乳」を取り上げたことがあり、文化活動にとても理解があると感じていたのですが、今回、私たちの思いに対して協力していただけることになりました。
—展示の中心になっている「きのこの山」「明治ミルクチョコレート」「明治ブルガリアヨーグルト」「明治エッセルスーパーカップ」「明治おいしい牛乳」という5つの製品は、どのように選んだのですか。
「デザインの解剖」で取り上げるのは、私がデザインに携わったものかどうかにかかわらず、多くの人に知られているものであることをルールにしています。明治の中でも人気のある代表的な製品で、できるだけ異なるカテゴリーのものから選びました。この点については、企業側はすべての製品に思い入れがあるので選ぶことはできません。こちらで選んだものについて明治とディスカッションしながら決定していきました。あくまでこちらが主体になり、デザインというメスを使って製品の解剖をしていくわけです。
—これまでの「デザインの解剖」に比べて、解剖の枠を超えて生まれた作品も多く展示されていますね。
若い世代のクリエイターが参加作家としてかかわり、新しい視点や技術によって解剖を解釈してくれました。デザインを解剖する中で浮かんできたテーマをお渡しして、それをもとに自由に作品を制作してもらっています。企画制作協力として采配を振るってくれたのは、テレビ番組「デザインあ」でも一緒に仕事をしている岡崎智弘さんで、彼は若いクリエイターとの間にすばらしいネットワークがあるんです。思いがけないおもしろい作品がたくさん生まれて、解剖の可能性を広げてくれていると思います。
—会場構成も佐藤さんが手がけていますが、どんな特徴がありますか。
今回の展覧会と並行して、展覧会で取り上げた5つの製品の書籍を制作していて、その書籍の文章のほとんどすべてを項目ごとに会場で掲示しています。5冊分の内容があるので、今までの21_21 DESIGN SIGHTの展覧会でいちばん文字の多い展覧会になりました。とはいえ来場した方は、全部の文章を読まなくても構いません。項目ごとに要約した短い文章がつけてあるので、気になったところだけじっくり読んでください。新聞やインターネットの記事も、隅から隅まで読む前提にはなっていないですよね。順路はありますが、自由に楽しみながら読み進めてかまわないわけです。
—これから「デザインの解剖展」に来場される方にメッセージをお願いします。
「デザインの解剖」の視点を持っていると、今まで気づかなかったものが見えてきます。目に見えるものから細かく見て、その奥にも興味を持ち、内側に入っていくとさらに見えてくるものがある、ということです。そして本質までたどり着いた上で、どうすべきかを考える。この方法はOSのようなもので、誰もが自分の中に持って、カスタマイズすることもできます。物事の表層を見るだけでは、対症療法しか思いつきません。また現在のものづくりを支えているのは、20世紀に発達した技術の成果です。その細部に目を凝らしていくと、自然と新しいアイデアが浮かんでくる。21世紀に我々がどうすべきかが見えてくるんです。まさに温故知新ですね。この展覧会でも、そんなデザインの可能性を感じていただけたら嬉しいです。
2016年10月29日、企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」に関連して、トーク「アートとデザイン」を開催しました。トークには、美術家の大竹伸朗と、グラフィックデザイナーで本展ディレクターの佐藤 卓が登壇しました。
大竹と佐藤は、同じ年に生まれ、幼少時代を同じ街で暮らしました。さらに、のちには二人とも美術大学を目指し、入学しています。トークのはじめに二人は、当時の東京の様子や日本の美術界の状況を、自身の活動を交えながら振り返りました。続いて、大竹は美術家として、佐藤はグラフィックデザイナーとしてそれぞれの視点から、今見ている世界を語ります。幼少時代には近しい思い出を持っている二人ですが、現在の活動や生活、考え方について語り出すと、お互いに驚きや発見も数多く見つかります。
最後には、会場の参加者との間で質疑応答も行われ、私たちの生きる日常は、それを見る視点、解剖する道具によって、さまざまな側面をみせることを実感するトークとなりました。
先日、スタートした「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」は、広く親しまれている明治の5つの製品を、デザインの視点で"解剖"する展覧会です。
展覧会ディレクターを務める佐藤 卓に、彼が今まで取り組んできたデザインの解剖と、今回の展覧会の見どころについて聞きました。
聞き手:土田貴宏
—佐藤さんは、2001年の「デザインの解剖」展を皮切りに、これまでにいくつもの商品を解剖する展覧会を開催してきました。そのきっかけを教えてください。
私は30年以上にわたり、大量生産品のパッケージなどを数多くデザインしています。デザインというと、クルマ、家具、服などのデザインは注目される機会が多いのですが、大量生産品のデザインはあまり取り上げられることがありません。しかしそれらは大量に流通するため、資源をたくさん使い、たくさんのゴミになる。そのパッケージが残念なデザインなら、コンビニやスーパーの売場も美しくなりません。デザイナーとして、こうしたものづくりの裏側を知り、いろいろ経験してきました。
あるとき、大学で学生の前で話をすることがあり、私がつくった誰も見たことのないポスターの話より、ポケットに入っているチューインガムのデザインの話のほうがみんなが興味をもつことに気づきました。
2001年に銀座松屋のデザインギャラリーで展覧会をすることになり、そんな裏側を知ってもらう展示として企画したのが最初の「デザインの解剖」展でした。
—「デザインの解剖」は、外側から内側へ、つまり商品名やパッケージから中身、そして原材料へと解剖していきます。当時からそのような手法を採っていたのですか?
最初の展覧会の会場は百貨店の中のギャラリーだったので、来場者の幅が広く、デザインに興味のない人もいました。そういうごく一般の人も興味が持てるように、誰でも目にしたことがあって、自分がデザインしているので詳しく知ってもいる製品のパッケージを最初に見せようと考えました。最初から原材料の難しい話をしても、誰も観てみようとは思いませんよね。このときに初めて「これは解剖だな」と思ったんです。当時は二十数個の項目に分けて解剖しましたが、今回は一製品につき五十項目以上に増えていて、参加作家がテーマに沿って自由に発想した作品もあります。このように「デザインの解剖」プロジェクトは発展しているんです。
—「デザインの解剖」は、「デザインの視点で解剖すること」がテーマになっています。その「デザインの視点」とは何でしょうか?
たとえば「明治おいしい牛乳」をデザインしたのは佐藤 卓ということになっています。しかし私はパッケージのグラフィックをデザインしただけで、製品には他にも無数のデザインがあるのです。チューインガムなら、形、色、味、どれくらい味が続くかなど、すべての要素がいろいろな角度から考えられ、研究され、設計されています。これこそデザインなんだと気づいたときは、背中がゾクゾクしましたね。
「デザインの解剖」では、こうしたプロセスにかかわる人はあえて出さず、ものにフォーカスすることをルールにしています。それでも必ず、誰かが意志を持ってデザインをしているのです。彼らはデザイナーと呼ばれず、研究者や開発者として仕事をしていますが、私に言わせればやっていることは明らかにデザインです。このように、すべての行程をデザインとして見てみるということです。
—ものづくりにかかわる人の存在が浮かび上がることで、副題にあるように「身近なものから世界が見えてくる」気がします。
そして1つ1つのプロセスは、さまざまな素材ともつながっています。パッケージの情報は印刷されているので、印刷会社がかかわっている。印刷に使うインクはインクのメーカーが製造していて、さらにその原材料は別の企業から供給されている。1つの要素を辿っていくだけで、ありとあらゆるつながりが見えてきます。網の目のように張り巡らされた過程の末に製品が存在するということです。私たちは、そのすべてを普段から意識し続けることはできません。でもときには、そんな視点を持った上で物事を見てみてはどうかと思います。
2016年10月22日、オープニングトーク「解剖展の解剖」を開催しました。
トークには、本展ディレクターの佐藤 卓、企画制作協力の岡崎智弘による本展の概要紹介ののち、参加作家の荒牧 悠、赤川智洋(aircord)、奥田透也、小沢朋子(モコメシ)、柴田大平(WOW)、下浜臨太郎、菅 俊一、鈴木啓太、高橋琢哉、中野豪雄、細金卓矢が登壇。それぞれの作品の制作秘話を語りました。
1年半ほど前に、佐藤から声を掛けられ、本展に関わることとなった岡崎。当初より、全体のテキスト量と展示項目が非常に多くなると予想していたため、全体のバランスをみて展示コンテンツをピックアップしながら、岡崎とともに本展の構成を進めたと佐藤は言います。展示に関して、「ひとりひとりが興味のあるところに着目し、掘り下げて欲しい。何度も来て欲しい」と語りました。
その後、参加作家が登壇し、作品紹介に移ります。製品のロゴタイプやウェブサイトの要素を作品に置き換えた下浜、中野。体験型の映像作品をつくることで、解剖の項目にインタラクティブな要素を加えたaircord、奥田。株式会社 明治の工場を訪ね、工場での製造過程を作品化した荒牧、細金。解剖対象5製品を音で表した高橋。搾乳や調理の視点で「明治おいしい牛乳」の解剖に関わった柴田、小沢。さらに、プロダクトデザインの視点で「明治エッセルスーパーカップ」のスプーンを制作した鈴木、株式会社 明治の企業構造を立体のダイアグラムに置き換えた菅と続き、様々な分野で活躍するクリエイターが、それぞれの持ち味を活かして、本展作品をつくり上げるプロセスが語られました。
日ごろ慣れ親しんでいるはずの大量生産品も、視点を変えるだけで多様な世界の入り口となります。「一番持ち帰っていただきたいものは、実はデザインを通して世界をみる『方法』」と佐藤が会場内のメッセージで語るように、私たちが「知っている」つもりのものであったとしても、実は未知なる事柄に溢れています。それが世界を面白くさせていると気づかされるトークとなりました。
いよいよ開催!企画展「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」
いよいよ明日開幕となる「デザインの解剖展: 身近なものから世界を見る方法」。開催に先駆け、会場の様子をお届けします。
私たちは日々、数え切れないほど多くの製品に囲まれて生活しています。大量に生産された品はあたり前の存在として暮らしに溶け込んでいますが、実は素材や味覚、パッケージなど、製品が手に届くまでのあらゆる段階で多様な工夫が凝らされています。それらをつぶさに読み解いていくのが「デザインの解剖」です。本来の「解剖」が生物体を解きひらき、構造や各部門の関係、さらには条理を細かに分析していく行為であるように、ここではデザインを解剖の手段として、とりあげる製品のロゴやパッケージのレイアウトや印刷などのグラフィックを解析し、製品の内側の仕組みまで細かな分解や観察を重ねます。
参加作家には、様々な分野で活躍する若手のクリエイターを招き、子どもから大人まで楽しんでいただける展覧会を目指します。本展は、製品を取り巻く世界はもちろん、社会、暮らしとデザインの関係について、さらにはデザインの役割や可能性について、改めて深く考察する機会となることでしょう。
Photo: 淺川 敏