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瀧口範子による「建築家 フランク・ゲーリー展」ガイド 第2回
「展覧会の見どころ」
企画展「建築家 フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea"」は、世間の常識に挑戦する作品をつくり続ける建築家 フランク・ゲーリーの「アイデア」に焦点をあて、彼の思考と創造のプロセスを、数々の模型や建築空間のプロジェクションを通して辿る展覧会です。
本連載では、ゲーリー建築をより深く理解し、その魅力を一層楽しめる展覧会の見かたを本展企画協力の瀧口範子が解説します。
本展は、建築家 フランク・ゲーリーをさまざまな観点から捉えている。完成した作品だけでなく、考える過程や利用する建材、インスピレーションの源など、幅広い側面からゲーリーその人を伝えようとしているのが特徴と言える。
したがって、展覧会会場の中にはいくつもの見どころがある。それを順を追って説明しよう。
まず、1階エントランス部分に設置されているのは、フォンダシオン ルイ・ヴィトンの50分の1の模型だ。この建物は、ルイ・ヴィトンの複合文化施設として2014年秋にパリのブーローニュの森の中に完成したもの。本展では、ゲーリーのアイデアの変遷をテーマとしているために、思考段階でつくられた模型をたくさん展示しているが、同模型は本展では数少ない完成模型である。多重奏する帆がたなびくような実景が窺えるものだ。
階段を下りて地下へ行くと、そこでは壁に投影された映像によってゲーリーの建物が追体験できる。本展で技術監修を務めた遠藤 豊自身が、ロサンゼルス、パリ、ビルバオの3カ所で実際に撮影した3つの建物の様子が、臨場感豊かに味わえるという趣向を楽しんでいただきたい。
その後、ギャラリー1へ。ここは本展の序章とも呼ぶべき空間で、フランク・ゲーリーのパーソナルな側面を伝えようとしている。ロサンゼルスのゲーリー事務所内の、それも彼自身のオフィスから運んできたさまざまなオブジェが、まず目をひくだろう。ただのガラスの塊であったり、アクリル・ブロックを重ねたようなものであったりするが、そんなものが見れば見るほどにキャラクターを帯びてくる。ゲーリーがインスピレーションの源として、そうしたオブジェを身の回りに置いていることの意味が見えてくる。
ここでは、ゲーリーの自邸の映像や模型が見られるほか、本展のテーマ「アイデア」について書かれた「マニフェスト」を読み上げるゲーリー自身の姿が映像で流されている。86歳の今も、新しいアイデアや納得できるかたちを求めて奮闘し、不屈の精神でそれを実現にまで運んでいくフランク・ゲーリーという建築家の一端をかいま見ることができるはずだ。
ギャラリー2へ歩を進めよう。本展でいちばん大きな空間を占めているのは、建築模型の数々である。この展示室では、最近、そして進行中の5プロジェクトに絞って、ゲーリー事務所でつくられてきた模型を展示している。色分けされたブロックで建築のプログラムを構成する段階、それを外壁で覆う段階、外壁の形状と内部空間の関係を模索する段階、建物全体の構成や構造を固めていく段階。そうした各段階で無数のアイデアがテストされているのが、これらの模型から感じられる。ここは、本展の核とも言える部分だ。
同じくギャラリー2では、壁面にも目を向けていただきたい。「アイデアグラム」とは、建築家が発想源とするアイデアをダイヤグラム化したもの。フランク・ゲーリー、そして広く建築家がどんな要素を鑑みながら建築を考えるのかが想像できるだろう。アイデアグラムは、本展ディレクターの田根 剛が作成した。
そのほかにも、この壁面には実際にゲーリー建築で使われている発色チタンが生の素材として展示されている。見る方向によって色が変わる不思議な素材だ。また、そんな素材の表情がよく見える外壁の写真、ゲーリー建築の内部のスタディーをパネル化したコーナーも見どころのひとつである。
ギャラリー2では、ゲーリー・テクノロジーズ(以下GT)の説明も必見である。複雑な曲線からなる自身の建築を実現するため、ゲーリー事務所は三次元モデルなどのコンピュータ技術を早くから利用してきた。その機能をますます洗練させていった結果、現在では建築や設備設計の詳細データを建設業者ら関係者と共有できるようになっただけでなく、工期、コストなども管理下におけるようになった。ここでは、そのGTのなりたちと技術をわかりやすい映像で見せている。
この展示室を出る手前左手に、ゲーリーがこれまでデザインしてきた家具も展示されている。段ボール素材を重ねたチェアは、十分な強度を実現していることが驚きだが、表に現れる美しいパターンも見物である。
ここまでたっぷりとゲーリー建築を目にした後は、ギャラリーを抜けた先にある回廊でゲーリー建築を読み解くもう2つの要素を知ることができる。「魚」と「工場建築」である。「頭と尾を切り落としても、まだ動きを持つ」とゲーリーが夢中になった魚の形状、そして若い頃、自身でカメラに収めた安価な素材で成り立つ工場建築は、現在のゲーリー建築にもつながるエッセンスを含んでいる。
難しくてわかりにくいとも思われていたゲーリー建築は、フランク・ゲーリーという個人の目と手の作業からできあがっていく。それを感じていただければ、本展の見どころは十分に伝わっているだろう。
文:瀧口範子
写真:木奥恵三